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【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン5 コロナ時代編 第17回

StoryWriter

今、私の目の前にいるのは、女性駅員・ひじき。

いや、正確にいえば、名前は知らない。「ひじき」とは私が名付けたホーリーネームであり、彼女は、東京の繁華街に跋扈する魑魅魍魎たるキャバ嬢たちに対するカウンター的存在として、私が見初めた女性だ。

「切符代、確かにお支払いいただきました。わざわざ、お持ちいただきすみません」

そんなひじきがいま、私の前でやけにルンルンしている。いったい何があったというのだろうか。

「今日は、本当にお天気が良いですね。ほら、富士山も見えてますよ」

駅の窓口から遠くを指差す、ひじき。遥か遠くに見える山。絶対、富士山なんかじゃない。しかし、今のひじきには、平凡な山々が富士山に見えてしまうぐらい、多幸感で満ちているようだ。

「夕べは、涼しかったですから、よく眠れたんじゃないですか?」

なんと、自ら昨夜の話を振ってきたひじき。昨日の夜といえば、ひじきと私がオンラインキャバクラでデート(有料)していたとき。いや、正しくは、ひじきは第3の名前「エリザベス」として、金髪のかつらをかぶり私と会話していた。もちろん、嬢としてオンラインしている以上、普段は駅員として働いていることなど、おくびにも出さないエリザベス。

当然、こちらからオフラインの正体がひじきであることを指摘するなど、野暮中の野暮。落合の解説って感じ悪いよね、と言ってしまうぐらい、野暮なことなのだ。

「あ~、昨日の夜は楽しかったなあ」

駅のホームでつぶやくひじき。なんという、純朴さ。なんという、汚れのなさ。なんという、清らかさ。私とのオンラインデートを経験したことで、翌日まで余韻に浸っているなんて。阪神ファンがいまだにバックスクリーン3連発の余韻に浸っているのとはわけが違う。なんて、かわいらしいんだ。

私は、決めた。この街で暮らそう。ひじきが住む街で。

一度、東京に戻り、再びこの街に戻ってこよう。そして、今度こそひじきを嫁に迎えるのだ。

きっと、VR親父ことジュンペイも喜んでくれるはず。私とひじきを繋ぐ、運命の糸。そう、縦の糸はひじき。横の糸は私。私は、駅のホームを舞台に、まるでミュージカル俳優のように歌い、踊った。

そして、何者かが私の袖口を引っ張る。思わずよろける私。いったい、なんだ。

「白線の内側に下がれって言ってんだろうが!」

怒髪天をつく勢いでにらみつけるひじきの顔面が、尻もちをついた私に迫る。なんだ、チミは。

「このおじさん、変なんです!」

見ると、私は地元の中学生らしき女子たちに囲まれていた。彼女たちの訴えを聞いたひじきが、私に注意喚起を促していたらしい。

「マジで、警察呼びますよ」

さっきまでと態度の違う、ひじき。いったいどうしたというのか。昨日はあんなにオンライン上で愛を確かめ会ったのに。

「ああ、それうちの妹。JKだけど、キャバやってっから」

JKなのに、嬢。田村で金、谷でも金。そんな、バカな。

「うちは夕べ、旦那と子どもたちと、すたみな太郎行ってたから」

家族とすたみな太郎に行ったことで、まだ焼肉食べ放題の余韻を楽しめている、ひじき。ていうか、旦那も子どももいるのか。いや、素敵じゃないか。そして、なんてピュアなんだ。私は……

「いいから、早く乗れ」

と言わんばかり、無言のまま線路に物を落としたときに使うやつ(マジックハンド)で私の横っ腹をグイグイ押して電車に押し込む、ひじき。電車のドアは閉じ、東京へ向けて出発した。

もう、いやだ。こんな街には二度と帰ってくるものか。

そうだ、帰ろう、東京へ。そして、もう一度、日本一のキャバクラ王国で私はやり直すのだ。

そのためには、エトウさん、サカイくんの力が必要だ。昨夜はオンキャバの時間内ということで邪険に扱ってしまったものの、2人とも話せばわかってくれるはず。

エトウさん、サカイくん、そしてアセ。我ら「歌舞伎町グーニーズ」で、未来を変えるのだ。

第一歩として、とりあえず仕事を紹介してほしい。

東京に戻った私は、恥を忍んでエトウさんのアパートを、訪ねた。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。

アセロラ4000「嬢と私」とは? まとめはこちらから

アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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