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【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン5 コロナ時代編 第18回

StoryWriter

実家への帰省で散々な目に遭った私は、東京へと戻ってきた。

そしていま、都内きってのオシャレタウン、代官山の駅前に立っている。

デザイナーズブランドを販売しているのであろう、一面ガラス張りの店内には、私がこれまで出会ってきた人種とはまったく違う、別の生命体のような女性たちがうごめいている。これが、いま流行りのハウスマヌカンというやつか。

かりあげヘア、きつめのメイク。ダークなリップ、そして巨乳。

いや、巨乳のハウスマヌカンなどいない。ややの大ヒット曲「夜霧のハウスマヌカン」の歌詞にもあるように、薄幸でスリムな女性が多いのだ。いや、そんなことなどどうでもいい。私が、どうしてこんな身分不相応な場所にいるのか。それは、エトウさんに会い、新たな仕事を紹介してもらうため。駅から徒歩5分ほどの場所にある高級マンションに、目的のエトウさんの家はあった。エトウさんは、実家が謎に金持ちなのだ。

「じょおぉごぞ、でぃでぐでまでさで~! ぢゅぐばがでじた?」

ガサガサボイスで、私を迎え入れるエトウさん。ようこそ、家はすぐにわかりましたか? と言っているらしい。私は、部屋に入るとすぐに、はちみつきんかんのど飴をエトウさんの口の中に大量に放り込んだ。

「アセさん、ひさしぶり。今度の仕事なんだけどさ」

みるみるうちに喉がうるおいを取り戻し、コミュニケーションが取りやすくなったエトウさんが、私に仕事をあっせんする。

「これなんだけど、明日から一緒にどうですか?」

エトウさんが、チラシを差し出す。かわいらしいイラストで描かれたカメが「僕たちだってできるぐらい、のんびり、簡単な作業だよ!」とのセリフ入りで、椅子に腰かけてテーブルの上の箱にキャンディを詰めている。どうやら、お菓子工場か何かで、詰め作業をするだけの、楽な仕事のようだ。よく見ると、カメの名札には「うらしま」と書いてある。なんて、エスプリの効いたジョークなんだ。気に入った。私は、すぐにエトウさんに明日からアルバイトに行く旨を伝えた。聞けば、サカイくんも明日から働くという。

「職場には、渋谷からバスに乗って行けばいいんで、楽ですよ」

なんて、良い条件の仕事なんだ。カメにもできるほどのんびりで、尚且つ送り迎えもしてくれる。ありがとう、エトウさん。今まで邪険に扱って、すまなかった。

「じゃあ、明日、渋谷の駅集合で」

私は、意気揚々とハウスマヌカンの街・代官山を後にした。

翌日。

私たちは立ったまま、大量の弁当の製作に汗を流していた。ミートボールを詰めても詰めて次から次へとやってくる、弁当箱。私とサカイくんはベルトコンベアーに向かい合わせになり、黙々と作業を続けている。ときおり、目を合わせる我々は言葉を交わさずとも、言わんとしていることがわかった。サカイくんのテレパシーが私にメッセージを送る。

「エトウを、殺そうと思います」

いや、早まるな、サカイくん。だが、気持ちはわかる。渋谷からバスで国道246号線を移動すること約1時間。乃木坂46が歌う名作の誉れ高い楽曲「Route 246」をうぉううぉうと口ずさみながら、遠足気分でご機嫌だった私。辿り着いた神奈川県厚木市の僻地で、こんな過酷な労働を強いられるとは思わなかった。しかも、着いたとたんにエトウさんは姿を消した。サカイくんが殺意を抱くのも、仕方のないことなのだ。

「エトウさん、さっき工場の人から封筒を受け取ってましたよ」

わずか10分の休憩時間に、そうつぶやくサカイくん。そうなのか。エトウさんは、私たちを売って金を手にしたのだろうか。かつて「歌舞伎町グーニーズ」として、夜の街を探検した仲間に裏切られた無念。私は、悔しさと怒りと愛しさとせつなさと心強さの入り混じった感情をぶつけながら、ミートボールを弁当箱に詰め続けた。

私とサカイくんは、終業時間の17時までなんとか真面目に勤め上げると、ヘトヘトになりながらもエトウさんを探した。すると、エトウさんは工場の前でタクシーの運転手と揉めているではないか。どうやら、ガサガサ声で行先がわからず、運転手に乗車拒否されているようだ。私とサカイくんは、エトウさんを捕獲してタクシーに乗りこむと、両サイドから詰問した。

「わがっだ、わがっだがら、ご当地キャバクラをおごるがら!」

我々を働かせてギャラをピンハネしていたエトウさん。きっと彼の家系は戦後のどさくさに紛れて闇市からのし上がり財を成したに違いない。そんなエトウさんがおすすめするご当地キャバクラとは、なんなのか。

「ごこに、行きつけの店があるがら!」

私たちは、エトウさんに進められるまま、厚木駅付近の路地裏にあるキャバクラ「ギャッツビー」へと向かった。店頭の看板には、「20:00~21:00 フリー2,000円」と書いてある。まさか、こんなに安い店があるなんて。ぶっちゃけ、嫌な予感しかしない。

「いい店だがら、あんじんしていいですよ!」

さっきまで我々を売ろうとしていた男の言うことを、安心できるはずがない。実際、店に入ると、大音量で誰かがすっとんきょうなカラオケを歌っていた。なんだ、この下品な店は。東京では、ありえない。どうやら、この店の嬢が歌っているようだ。

「ガッツだぜ!!」

見ると、40歳は越えているであろう、中年嬢がノリノリでマイクを握っている。我々の来店に気が付くと、こちらに向かって右腕を振り上げながら、さらに力を込めて叫び、シンガロングを要求する中年嬢。

「ガッツだぜ!!」

一日の疲れがどっと出た私は、身を投げるようにソファーに腰かけた。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。

アセロラ4000「嬢と私」とは? まとめはこちらから

アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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