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映画『眠る虫』監督・金子由里奈が語る「忘れられた記憶や人はただ眠っているだけで死んでいない」

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〈MOOSIC LAB 2019〉長編部門でグランプリを獲得した、死者と声をめぐる映画『眠る虫』が、2020年9月5日より東京・東中野ポレポレで上映されている。

主人公・佳那子は日常のバスの中で、お婆さんの歌う鼻歌に興味を持って録音を始め、そのまま目的地で降りることも忘れてストーキング。知らず知らずのうちに不思議な体験に足を踏み入れてしまう……。どこか狐に摘まれたような気持ちながらも、作品全体を通して優しい雰囲気に包まれており、心の中に温度が残る不思議な魅力の作品となっている。

映画一家で育った彼女の映画との出会いから、おばあちゃんと会話したかったという想いから着想を得た本作の制作エピソード、表現することに見出す喜びまで、京都在住の金子由里奈監督が東京に来たタイミングでインタビューを敢行した。

取材・文:エビナコウヘイ


自分が楽しんだり考えるために映画を撮っている

──最初に、金子監督と映画との出会いについてから聞かせてください。

金子由里奈(以下、金子):親が映画監督なので、小さい頃から映画は身近でした。「家族映画会」っていうのがあり、半ば強制的に映画を観たこともありました。兄も「コンプソンズ」という劇団の劇作家で、創作を共通言語にしている家庭なので、今も気負いなくやれている感じがありますね。

──ご自身で撮られた作品は家族にも観せるんですか?

金子:たまに見せるんですけど、大体分からないって言われます(笑)。でも兄が『眠る虫』だけは、親しみのある作品だった」と言ってくれて。母も褒めてくれたし、父も面白いコメントをくれました。

──実際にご自身で映画を撮り始めたのはいつ頃からなんですか?

金子:大学で映画部に入ったのがきっかけです。部長に映画は誰でも撮れるって言われて、勢いで『茶屋探偵事務所』という映画を撮りました。ゲームのスマブラを題材に白石晃士監督の「戦慄怪奇ファイル コワすぎ」シリーズを真似したものだったんですけど、映画部員に見せたら笑ってくれたり、反応があったのが嬉しくて、それが映画作りにはまった瞬間です。

──普段はどういうところから映画のアイディアが浮かんでくるのでしょう?

金子:友達と「概念」について話すのが好きなんですけど、そこから映画のアイディアが出てきたりします。「概念」をぶち壊したいし、揺らがせたいし、「当たり前」のことを考えたい。哲学的なことを考えるのが好きです。映画を撮りながら考えるのが好きです。

──金子監督は「チェンマイのヤンキー」というユニットで音楽活動もしています。音楽活動と映画で表現したいこと、考えることって違うんでしょうか?

金子:大きな違いはないですね。創作が好きな理由って、過去の自分と喋れるからなんです。歌は大体即興で作って録音しておくんですけど、時間が経ってからまた聴くと、「あの頃の君はそんなこと考えてたんだ」って自分と会話できるので、作品を残すことは好きです。「チェンマイのヤンキー」は、イラストレーターの友達とのデュオなんですけど、ライブごとに題名を決めていて。例えば「挨拶週間」っていう題目だったら、警備員がタイムカードを切るまでの物語をライブで表現したり。映画作りと関連させているわけじゃないんですけど、ライブでも物語になっちゃいます。

 

──『眠る虫』の主人公の佳那子は盗聴もするし音楽活動もしていて、金子監督自身を主人公に投影しているのかなとも思いました。

金子:そうかもしれません。喫茶店で隣席の会話を聞きながら会話をタイピングする趣味があったりとかするし。面識のない他者の可愛い瞬間を見るのが好きで、知らない人のふとした仕草とか見るとときめきます。

──人間観察が好きなんですね。

金子:本格的に好きになったのは、大学1年生の時にコンビニ店員のアルバイトを始めてからですね。社会性を脱いだ個人が垣間見える瞬間があって。朝6時頃に女性がぼーっとレジに来て「わかば」って呟いてタバコを買っていくのに、9時ぐらいには彼氏と一緒に来て仲良くサンドイッチを買ってもらってる光景を見ると、私は彼氏よりこの人知ってるんじゃないか? とか考えるのが好きだったんです(笑)。他人の人生を盗み聞きしたり盗み見るのが好きで、万引きするような気持ちでやってました。

忘れ去られ、可視化できない痕跡や記憶を虫に喩えた

──『眠る虫』のバスの長回しのシーンで、乗客たちの会話がたくさん聴こえてきます。その会話が、その後に起こる不思議な出来事に自然と入り込んでしまう演出になっていますが、言い回しがリアルで独特で面白かったです。

金子:ありがとうございます。日常の友達との会話を録音して使ったりしています。日常と映画の境を溶かしたかったんです。老婆が眠りにつくところでは兵庫県にある「武庫川」について話してる友達の声をいれています。「武庫川」と「向こう側」をかけてるんです。耳を澄ましてやっと聞こえるような小さな音は色々と散りばめました。

──タイトルの『眠る虫』にはどういった意味が込められているんでしょうか?

金子:誰かの痕跡みたいなものが色々なところに漂っているのになかなか見えない。でも、虫に投影したらそれを現前させることができると思ったんです。死者の記憶とか忘れられた時間は、ただ眠っているだけで、誰でも起こすことができる。眠ってるだけの記憶、痕跡を虫に喩えて『眠る虫』にしました。私の中にも、思い出さなくなった記憶がたくさんあると思うんですけど、そういうものは自分の中に堆積し続け、ふと誰かの記憶と交差して思い出す可能性もある。ただ忘れ去られて、なくなることはありえないんだという願いを込めています。

──閉店してしまった喫茶店に対して、おじいさんが「場所は眠ってるだけ」と言う台詞がとても印象に残りました。映画の着想はいつ頃からあったんでしょうか?

金子:私が中学生の頃に亡くなってしまった祖母が、切り絵作家をしていたんです。映画を撮るようになってから、祖母のことを考える機会が増えて、祖母と会話をしたくて幽霊の映画が撮りたくなりました。今回の脚本を作る中で、叔父の家に行って祖母の生前の絵とか家計簿を見たり、祖母の痕跡を巡るのが楽しかった。

──映画の終盤では、皆の目から光線が出るSFチックなシーンがあります。あのシーンにはどんな意味が込められているのでしょう?

金子:あれは死者の痕跡とか記憶を生者が投影する。つまり、生者が死者のプロジェクターになって、幽霊というものをこのように存在させているイメージなんです。我々の目から映写機のように光が出て、死者の思い出とか記憶が生者の目を通して反映されてるんだというのを表現しました。

──映画に出てくる人たちも映画全体も、優しい雰囲気が溢れていますよね。

金子:公共がどんどん無くなっている中で、公共空間をもっと優しいものにしたいという想いがありました。もう少し他者へのやわらかな視線があってもいいのになって思います。無関心なことが気持ちいい場合もありますけどね。

映画を観た人が見るもの、聞くものを変えたい

──主演に松浦りょうさんを抜擢された理由はどういったものなんでしょう?

金子:主人公の佳那子は生者だけど、幽霊にも見える感じにしたくて。幽霊と生者の境を曖昧にしたかったので、松浦さんみたいな涼しさのある人にぜひ演じてもらいたかったんです。

──透明感がありつつも、どこか陰のある不思議な魅力の方ですよね。

金子:主人公の佳那子は盗聴もするし、他人を追いかけて家に上がり込んで一夜過ごすみたいな変なことをする。でも、自分が物語の渦中にいる意識が全くない、面白いことが起こる期待感を感じていないように演じてほしいと伝えました。やりにくい演出指示が多かったと思うんですけど、実際それに応えてくれて嬉しかったです。

──制作スタッフとはどういう縁があってお知り合いになられたんですか?

金子:カメラマンの平見さんは4年前に撮った『食べる虫』という作品の撮影をしてくださったのがきっかけです。平見さんやプロデューサーが他のスタッフを紹介してくれたりして広がっていきました。

 

──『眠る虫』の中での日常と幻想的な部分は、同じく京都の日常を幻想的に描いた映画『嵐電』と符合してるところがあるなと感じました。

金子:『嵐電』はとても好きな映画です。脚本を書く上で意識はしてないけど、あの映画のフィルムの弱々しさが好きだったから、『眠る虫』も最後にフィルムっぽい感じを入れたのかもしれないですね。

 

──『嵐電』では電車が舞台で、『眠る虫』ではバスが日常の舞台です。そこは大きな違いですよね。

金子:バスという空間には拘っているんです。バスは地球として描いています。バスって、入口と出口が違くて、一車両しかなくて、線路もない。バスを降りた誰かの不在の上に座るところとか、速度感とか、人との距離感とか地球っぽいなと思ってバスにしました。

──映画の中で、主人公をどかせて座ろうとする人もいました。あれも何かの比喩なんでしょうか?

金子:実はあの男性にも物語があるんです。彼は昔、恋人と一緒にバスに乗ってどこかに向かっていた思い出があって。その座席に恋人の幽霊が座っていて、その上に主人公が座っていたから、「僕と彼女の席だから立ってください、そこに彼女がいるんです」って怒った。その過去を知らない人からしたら、彼が変な人に見えるけど、彼にとっては正当性があるんです。

──劇中の音も印象的ですよね。劇中のTokiyoさんの曲もイメージを共有された上で作っていったんでしょうか?

金子:どんな音楽を作るかというより、概念の打ち合わせを重ねました。『眠る虫』は生や死や記憶や閉店した喫茶店や虫や植物が小さい木箱にごちゃごちゃに入っている感じをイメージしているんですが、例えばオープニングクレジットの音楽ではおもちゃ感がでるようにゲーム音っぽいのをいれてくれたりしています。

──この作品においては日常の中に音をつけるポイントが難しいんじゃないかなって思いました。ものすごく繊細に配置されているのかなと思います。

金子:音楽は映画の第三人称として存在させたかったんです。映画の息としてずっと音楽が鳴っているイメージは最初からありました。

──新型コロナウイルスの影響で、自宅で配信サービスを観る機会も増えましたよね。金子監督は、映画館で映画を観るということと自宅で配信サービスで観ることの違いについてどうお考えですか?

金子:映画館で映画を観るのはとても好きです。100年くらい前は、映画はものとしてのフィルムしかなくて、世界あちこちに運ばれてるものだった。今は世界同時配信ができてるって奇妙だなと思います。私の中では、映画館に行く体験は公共的なもので、パソコンや携帯で観るのとは全く別の体験だと思います。配信サービスは私の映画への欲望を限定していて、そういう有限化も便利ですが、どんどん減っているレンタルビデオ屋を歩いて偶然知らない映画と出会ったり、映画館で知人に遭遇したり、サプライズが飛び込んでくる体験の方が私は好きです。

──同じ作品でも映画館で観るのと、配信で観るのでは印象が違いますよね。

金子:『眠る虫』は絶対に映画館で観てほしいんです。目から光が出るシーンとかスマホとかで観たら距離のあるものに感じてしまうから、映画館のスクリーンの大きさに頼りたい。様々な時間が交差する映画館で観てほしいです。

──『眠る虫』は日常を切り取った映画でもあると思いますが、コロナ禍以降の金子監督の日常の描き方は変わっていくのでしょうか?

金子:あまり変わらないと思います。

──おばあちゃんと会話したくて『眠る虫』を作られという話でしたが、お客さんに伝えたいことはありますか?

金子:伝えたいというより、揺らいでほしいって感じです。この映画を観た後に、その人が見るもの、聞くものを揺らがせたい気持ちがあったので。バスって生活の中にあるものだから、そういうところまで映画が響く風にしたかった。自分の眼差しを拡散したくて『眠る虫』を作った気持ちもあるので、自分にとって自然なことがちょっとでも観てくれた人のものになったらいいですね。落ちている物を拾ってみるとか、終点で寝てる人がいたら起こすとか。あと、風景の中の痕跡や幽霊のようなものが尊重されるようになってほしいです。


■作品情報

『眠る虫』
2020年9月5日(土)よりポレポレ東中野にて公開中

出演:
松浦りょう
五頭岳夫
水木薫
佐藤結良
松㟢翔平
髙橋佳子
渡辺紘文

監督 / 脚本 / 編集 : 金子由里奈
音楽 : Tokiyo

2019|カラー|5.1ch|スタンダードサイズ|62分

公式サイト:https://www.filmnemuru.site

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