20段ほどある駅の階段を上りきると、そこには古い商店街が広がっている。横断歩道の左手には動物病院、右手にはクリーニング店がある。
忙しそうにお客さんの対応をしているクリーニング店の店主の表情は、どことなく冴えない。よく見ると、額には脂汗さえにじんでいるように見える。きっと、働きすぎなのだ。
そう、日本人は働きすぎる。私も、そんな企業戦士の一人として、今日は一日労働の汗をかいてきた。ベルトコンベアから次々と流れてくる段ボールを、仕分けして並べる業務。エトウさんの実家、エトウコンツェルンの息のかかった企業での仕事ではあったものの、意外にも搾取はされていなかったようで、私の懐は潤っていた。自分へのご褒美として、どこかでいっぱいひっかけて帰るとしよう。
信号が青に変わり、私は再びクリーニング店の中を見た。店主の顔が青ざめている。どうやら、お腹が痛いようだ。その姿を見て、私は先日のガールズバーでの惨劇を思い出す。サカイくんのおもらし事件。結果にコミットするサカイくんの腹痛。詳しい話は省こう。すべては過去に起こった悲劇なのだ。
私は今、エトウさんの親が管理するマンションに住まわせてもらうことになった。そして、その街のささやかな繁華街でひと際輝きを放っているガールズバーで起きたアクシデントに、私は巻き込まれていた。今まさに、目の前には道路を挟んでティッシュ配りをしている2人のガールズがいる。1人は加護ちゃんに、もう1人は辻ちゃんに似ている。そう、ハロプロファンならば感涙すること間違いなしのW(ダブルユー)こと加護辻コンビがこの街のガールズバーで奇跡の再結成を果たしているのだ。
そんな加護辻コンビの視線が私を捉える。口を手で押さえ、こらえきれず吹き出す加護ちゃん。辻ちゃんはどうだろう。なぜか鼻をフガフガさせている。どうやら、私を見て爆笑ヒットパレード気分のようだ。こらえきれず、加護ちゃんが私に向かって声をかける。
「うんこ漏らした人?」
堰を切ったように、加護辻コンビの笑い声が街中に響き渡る。
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。漏らしたのは私じゃない。
「てか、今日は大丈夫って感じですか?」
笑いながらも、一通り敬語は使える様子の加護ちゃん。一方、辻ちゃんはしゃがみこんでお腹を抱えて笑っている。一瞬、スカートからパンツが見えた気がする。いや、そんなものを見て喜ぶほど私はゲスじゃない。私はいつだって紳士。紳士だからこそ、お金を払ったときにしか、パンツは見ないようにしている。幸いなことに、今日は労働の対価が財布に入っている。続きが、見たい。
いや、ガールズバーでお金を払ったからと言ってパンツを見せてくれる店などあるだろうか。答えは、NON。そんなことをしてしまったら、風営法違反でお店の人が捕まってしまうかもしれない。いや、もしかして私も捕まってしまうかも。もしも、パンツを見て捕まってしまったら、末代までの恥。いや、しかしパンツを見ないで生涯を終えることが正しいことなのだろうか。少年よ、大志を抱け。そう、ビーアンビシャス。山口メンバーもそう歌っていたと思う。
「何飲みますー?」
気が付けば、私はガールズバー「ジューシー」のカウンターにいた。先日見たギャル2人の姿も見える。そして、ジャイアント白田とたまのランニングに似たガールズも働いている。みんな、必死に生きているんだ。そう思うと、私はなんだか泣けてきた。
「さっきはごめんなさい、おもらしは別の人だったんですね」
路上とは打って変わって、加護辻が私を優しく包み込むように接客する。なんて、良い店なんだ。
「今日は、思いっきり飲んで歌って、発散してくださいね」
意外にも、落ち着いた雰囲気のある素敵な店内で、私は歌い、飲んだ。ときにはハウンドドッグの「ONLY LOVE」を歌う前に、どっちが先に歌うかで殴り合いを喧嘩をした赤井英和と高田延彦の鉄板エピソードを披露して爆笑を取り、大友康平真似で場内を沸かせる私。その一方で、往年の清水アキラのセロテープ芸で研ナオコを歌い上げる。そして、締めくくりには、やっぱり「ウィ・アー・ザ・ワールド」に決まってる。みんなで肩を組んで、大合唱だ。気が付けば、もう0時を回っている。名残惜しいが、閉店の時間のようだ。
「はい、こちら、よろしくお願いします~」
調子の良さそうな店長の男がやってきてお会計用紙を目の前に置いた。
「お会計:5万6500円」
いつ、どこで、誰が、こんな豪遊をしたのだろうか。払えない。払えるわけがない。だって、財布には8000円しかないのだから。どうして、こうなった。
「マジ?お金ないわけ?」
加護ちゃんがあきれたように私を見る。背後から私服に着替えたらしき辻ちゃんもこっちを見ている。結局、パンツは見ていない。見ていないのに、5万6000円。末代までの、恥だ。
「しょうがないからさ」
辻ちゃんがそう言いながら、ゆっくりと近づいてくる。綺麗な肌、パッチリとした目。黒髪ツインテール、そして巨乳。
「あんた、うちで働けば?」
私は、次の日からガールズバー「ジューシー」のボーイとして働くことに、なった。
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月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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