19時になると大広間に集まり夕食を食べた。偶然にも隣にはユミさんが座った。主催者が挨拶に立ち乾杯の音頭を取り食事がはじまると、ユミさんが私に話しかけてきた。
「さっきは失礼しました。つい、笑っちゃって。だって、ボブ・サップ対曙って、いつの話してんだよ!って」
そう言いながら笑うユミさん。なんだ、そうか。私の惨めな姿を見て笑ったわけではなかったのか。良かった。やっぱり素敵な人に違いない。私は嬉しくなって少しユミさんのことを知りたいと思った。
「ダンス、すごかったですね! 僕も学生時代やってたんですよ」
私の右隣に座っている男が、ユミさんに話しかけた。私を挟んで、ダンス談義を始め、無邪気に会話を続ける2人。男は真冬にも関わらず日焼けした健康的な爽やかボーイに見えた。まるでデビュー当時の新加勢大周のようだ。目の前を行き交う会話を耳にしつつ、黙々と箸を口に運ぶ私。
男は旅情報サイトの編集者で、海外にも足繁く取材に行っているという。どうりで日焼けしているわけだ。新加勢の年齢は40歳。それを聞きユミさんも同い年であることを明かし、期せずして年齢がわかってしまった。さらにお互い東京住まいで、同じ沿線のようだ。私の住む小田急線とは結構、遠い。身を乗り出し私を乗り越えてユミさんに話しかける新加勢。結構、うざい。
私はだんだんイラついてきた。出身大学について語り出す2人。どちらも超有名な大学ではないか。私は大学など出ていない。なんなら高校中退だ。大学なんて、実家がある長野県のソウルフード、ラーメン大学にしか行ったことがない。あそこのシンプルな醤油ラーメンは最高だ。そうそう、長野県のラーメン店といえば、「テンホウ」も捨てがたい。ラーメンはもちろん、餃子も美味しい。そして、シメにはソフトクリーム。これが本当に美味しいのだ。テンホウに行ってソフトクリームを食べないなんて、ミニストップに行って「ハロハロ」を食べないようなもの。2人は、食べたことあるのかな?
「いやあ、ユミさんって気が合いますね。今度、東京戻ったら飲みましょうよ!」
我に返って隣を見ると、新加勢がいつの間にか私とユミさんの間に割り込んでグラスを傾けているではないか。なんて、図々しいやつ。別にユミさんのことは何とも思っていないが、なんとなく、哀しくてジェラシー。そんな気分だ。なんとかして割って入って話題を変えなければ。そうだ。私は意を決して、2人に切り出した。最近のプロレス界について、どう考えているだろうか。一瞬の沈黙の後、新加勢がこちらを向いて口を開いた。
「うちの娘が、プロレス大好きで、技をかけてきたりするんです。それを見て妻は困ってますよ」
なんだ、新加勢は妻子持ちだったのか。俄然、気持ちに余裕が出てきた。だったら、好きなだけ話して良し。私は、自分でビールを注いで飲みほした。
「ユミさんって結婚してるんですか?」
新加勢が藪から棒にそう聞いた。なんて、デリカシーのない男なんだ。だが、そこが良い。有益な情報を次々と聞きだす有能さはリスペクトに値する。息を飲み耳をすませる私。
「私、バツイチなんです」
柴漬けをポリポリと食べながら、あっさりカミングアウトするユミさん。でかしたぞ、新加勢。そうか、そうだったのか。思わずハイタッチしそうになる私。そう、かくいう私もバツイチ独身。俄然やる気が出てきた。私が改めて話に加わろうとしたそのとき、大音量で「雪国」のイントロが流れ出した。どうやらこの場でカラオケがはじまったようだ。おかげでまったく会話ができなくなってしまった。すると、ユミさんが立ち上がった。
「私、疲れたんでお先に休ませてもらいます。おつかれさまでした」
そう言うと、部屋を出て行った。なんてマイペースな人なんだ。まあ良い。とにかく、棚からぼた餅でユミさん情報を得ることができた。ありがとう、君のおかげだ。私はカラオケで浜田省吾「J-BOY」を歌い出した新加勢に心の中で感謝すると、部屋に戻った。
合宿は2日目も初日同様のプログラムで進められ、1日が終わった。私は夕食前に部屋に戻ると、1日体験した出来事をパソコンにざっと書き連ねた。この日も朝から度々ユミさんと隣り合わせになる機会があったものの、話しかけてもあまり乗ってこない。なんだか不機嫌そうに見えて、私はユミさんから距離を置こうと決めた。あまりにも馴れ馴れしくしすぎたのだろうか。だが問題ない。そもそもこの北海道遠征は取材のために来ているのだから。私は友だちを作りに来たのでも、恋人を作りに来たのでも、ましてや婚活に来たわけでもない。
私は、恋人のテイさんと別れてからというもの、2年ほど彼女がいなかった。一時はマッチングアプリを勧められて登録したものの、どうも全員サクラに見えてしまい、すぐに使うのを止めた。今は時の流れに身をまかせ、私のことを好いてくれる人との出会いを待とう。そう思いつつも、根っから惚れっぽい私。女性と会話をすると、もれなく好きになってしまう癖がある。そんな自分を戒めなくては。今回も、ユミさんとはたまたま取材先で同席しただけのこと。互いに干渉せず、一期一会を楽しめればそれでいいではないか。
夕食の時間になり部屋を出ると、廊下を歩くユミさんの後ろ姿が見えた。私はその後ろを少し距離を空けてそっと歩いて行く。エレベーターに乗り込んだのを見て、私は立ち止まり、次のエレベーターまで待つことにした。すると、ユミさんがニュっと顔を出した。
「乗ります?」
私は、勢いよく返事をすると、早足でエレベーターに乗り込んだ。お風呂上りらしき上気した顔でスッと立っているユミさん。ツルツルの湯上りたまご肌が、アラフォーという年齢を感じさせない。
「はあ」
1階のボタンを押すと、ユミさんため息をついた。私が何と声をかけたら良いものかと黙っていると、
「なんか、疲れますよね」
と力なく苦笑いをしながらこちらを見た。この合宿に疲れたのだろうか、それとも人生に疲れているのだろうか。もしかして、私が疲れさせていたのだろうか。いや、そんなことはないはず。馴れ馴れしくしないように、今日はなるべく近づかないようにしていたのだから。1階につくと、スタスタと集合場所に歩いて行くユミさん。食事は急遽外に行くことになったとのことで、近所の居酒屋に10名ほどで行き、ワイワイと賑やかに鍋をつついた。酒が入ったせいか、私も珍しくいろんな人と会話を交わして楽しいときを過ごした。時折ユミさんをチラリと見ると、まわりの話に頷いたりスマホを見たりしながら静かにその場にいるようだった。
「最後の夜です! これからみんなでカラオケに行きましょう!」
突然、新加勢が立ち上がってそう言った。昨夜のカラオケが相当楽しかったようだ。私は正直、ホテルに戻って寝たかった。どうしようかと思案していると、いつの間にか横にきたユミさんが小さな声で囁いた。
「ホテルに戻りませんか?」
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