嬢の、嬢による、嬢のための私。
生きていればいいことある。生きているって素晴らしい。
冴えない日々を送っていた私は、嬢に愛を捧げるという生き甲斐を見出した。ワクワクどきどきで今日も眠れそうにない。時刻は深夜0時すぎ。そんな私のもとに嬢からLINEが届いた。
「昨日はありがとう! ごちそうさまでした!」
さらに、
「次、いつごはん行く?」
昨日会ったばかりだというのに、しかもまだ2度しか会っていないにも関わらず、もう会いたいのか、嬢よ。とたんに色めき立つ私の心。こんなにも愛されていたとは。私も、愛し愛されて生きたい。そんな嬢からの求愛に対し、すぐに返信したかった。
が、しかし。
つい先ほど計算したばかりのキャバクラ収支が頭をよぎる。1ヶ月分の食費を90分で使ってしまった私には、今はまだDVDを売ったわずかばかりのJ資金しか残されていない。これだけでは、同伴の前半しかフォローすることはできない。派遣仕事の給与が月末に振り込まれるまでは、嬢に会いに行くことは現実的に不可能だ。
いったいどうしたものか。困った。
私は、返信をためらい、目を閉じた。もしも、私が店に行かなかったら。嬢はとても悲しむだろう。嬢の心の声が聞こえてくる。
「アセちゃん、アセちゃんが帰ったら店ががらんとしちゃったよ。でも…… すぐになれると思う。だから…… 心配しないで、アセちゃん」
ひとりぼっちで、誰もいない店に膝を抱えて佇む嬢。目の前には、アセロラのピッチャーが置かれていたはずのテーブル。これから、嬢はひとりでやっていけるのだろうか。いじめっ子に意地悪をされたりしないだろうか。考えれば考えるほど、私はいてもたってもいられなくなった。
だが、私もバカではない。いくらなんでも、お金もないのに嬢に会いにいくことはできない。優しい嬢のこと、食事に行き私の持ち合わせが心許ないことを知れば、きっと「いいよ、アセちゃん。私、出そうか?」そう言ってくれるに違いない。
ダメだ、ダメだダメだ。嬢に恥をかかせるな。私の中の日本男児が叫ぶ。私は決断した。
「再来週、ごはん行こうか?」
まだ月末までだいぶ日がある。しかし、私は自らにプレッシャーを与え、約束をした。お金のことは、なんとかなる。そう信じて。
「わーい! 楽しみ!」
すかさず返ってくる嬢からの返事。ホッとした。嬢が元気を取り戻してくれた。いや、もともと嬢は悲しんでいたわけではない。ただ、私は嬢に悲しみの入り口にすら立たせたくないのだ。
「何食べたいー?」
私がそう尋ねると、嬢がこう答えた。
「サカナカナ?」
珍しく、トンチの効いた嬢の返信。私を楽しませようというサービス精神が伝わってきた。その心意気に応えるべく、私は丹念に店を調べ上げ、年末の繁忙期に、なんとか店を予約した。
それ以来、日中仕事をしていても、つい顔がほころんでしまう。嬢との2度目の同伴を約束したのだから。心が弾まない方がおかしい。
「あら? アセ君、ずいぶんご機嫌じゃない。何かいいことあった?」
川野マネージャーが声をかけてきた。私の様子を敏感に察知するあたり、もしかしたら私に気があるのかもしれない。よく見れば、川野マネージャーも決して悪くはない。後ろで束ねたツヤのある髪、色っぽいうなじ。ハーフっぽい顔立ち、そして巨乳。いや、違う。後半は嬢のことだった。どうしても、途中から嬢が浮かんできてしまう。今の私には嬢がすべてなのだ。嬢への思いは日に日に募るばかり。
懸念された金銭面も、クレジットカードのキャッシングという合法的魔法で事なきを得た。私の財布には今、4万円もの潤沢なJ資金が蓄えられている。 師走の東京・下北沢。居酒屋「魚真」でいざ、嬢との2度目の同伴へ。
〜第7回へ続く〜
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第1回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第2回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第3回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第4回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第5回
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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