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【連載】カウンセリング入門Vol.6──イースタンユース「ソンゲントジユウ」個が尊重されるためには?

StoryWriter

アーティストが抱えている、アーティストならではの悩み。メンバーやスタッフに相談するのは気まずかったり、カウンセリングに足を運ぶことができないアーティストも少なくないんじゃないでしょうか? 同じように、アーティストを支えるスタッフや関係者においても、どうやって彼らをサポートしたらいいのかわからないという状況もあるかと思います。

そんなアーティストや彼らに関わる人たちに向けた連載がスタートです。

アーティストたちが抱える「生きづらさ」を探った書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』で、現役精神科医師の本田秀夫とともに創作活動を続けるためにできることを執筆した、産業カウンセラーでもある手島将彦が、カウンセリングについて例をあげながら噛み砕いて説明していきます。

アーティストが抱える悩みが解消される手助けになることを願っています。

■書籍情報
タイトル:なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門
著者名:手島将彦
価格:1,500円(税抜)
発売日:2019年9月20日(金)/B5/並製/224頁
ISBN:978-4-909877-02-4
出版元:SW

自らアーティストとして活動し、マネージャーとしての経験を持ち、音楽学校教師でもある手島が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスに関しての基本を語り、どうしたらアーティストや周りのスタッフが活動しやすい環境を作ることができるかを示す。また、本書に登場するアーティストのプレイリストが聴けるQRコード付きとなっており、楽曲を聴きながら書籍を読み進められるような仕組みとなっている。


Vol.6 人はどこまで環境に左右されずに意思決定できるのか? 〜今年の高校野球を観て

今年の夏の甲子園大会も、様々なドラマとともに先日決勝戦を終えました。すべての選手達の健闘を称えたいと思います。

一方で、投手の酷使や、それに伴う球数制限や過密日程に対する問題なども提起されました。

僕は、スポーツに関する科学的・専門的な知見を持っていませんので、そこに関しては触れませんが、ひとつ気になったことがありました。それは「本人が望んでいるのだから他人がとやかく言うべきではない」というタイプの意見です。

同じようなことは、アーティストの活動でもよく言われます。音楽にしろ何にしろ「本人が望んでやっていること」だから「それなりの覚悟もあるはず」なので「周りがとやかく言うことではない」あるいは「そのくらいの苦労や酷使は当然(仕方ない)」というかんじです。

これについてカウンセラーとして考察してみたいと思います。

個人と集団の意思決定に関わる社会心理学の実験や検証はたくさんあるのですが、その中からいくつかを紹介します。


■スタンレー・ミルグラムの実験=「服従」

実験の参加者を生徒役と教師役に分けます。実際には生徒役の方はサクラで、被験者は教師役の方のみです。そして、生徒が回答を間違えるたびに教師役の方は電気ショックを与えるスイッチを押して電流を流すよう命令されます。実際には電流は流しておらず、生徒役は演技で悲鳴を上げるのですが、それは教師役には伏せられています。するとその状況下で、なんと65%の人が命令に従い続けて、最大電圧までスイッチを押し続けたのです。これは命令などの強い社会的圧力に、人がとても弱いということを実証しました。この実験はナチスの戦犯の名前にちなんで「アイヒマン実験」とも呼ばれます。

 

■ソロモン・アッシュの実験=「同調」

被験者1名と複数のサクラで集団をつくります。そして1本の棒の画像を見てもらい、それと並んで提示された画像に描かれた3つの棒の中から、その1本と同じ長さの物を選んでもらいます。その長さの違いは誰が見ても明らかにわかるようになっているのですが、サクラ全員に間違った回答をさせると、12回やって1回もサクラの誤答に同調しなかった被験者はたったの25%でした。正解が明確に分かる問題であっても、周囲の回答次第では自身の回答を変化させてしまうこと、人は強制されなくても「同調」してしまうことが明らかになりました。

■フィリップ・ジンバルドの「監獄実験」=同一視

無作為に囚人と看守に分けた模擬監獄を作ると、指示されていなくても看守は命令口調になり、囚人に対して暴力的・権威的に振る舞うようになり、囚人の方も囚人らしい行動をとるようになりました。このように、社会的圧力がなくても、周囲から望まれた行動が内面化してしまうことがあるのです。

■チョイス・ブラインドネス

男性被験者に2枚の女性の写真を見てもらい、より魅力的だという方を選んでもらいます。そして、一度写真を伏せます。その後、被験者が選択した方の写真だけをみてもらい、そちらを選択した理由を説明してもらいます。ところがその際に、実際にはマジックの手法で写真をすり替えていて、被験者が選択していない方の写真を見せるのです。すると、6~8割の被験者はそれに気づかず、さらには自分が選んでいない方の人の魅力について説明し始めたのです。このように、人は好きなことの理由を後づけで考えるので、必ずしも選んだときの理由を意識しているとは限らず、自分の意図で決めたと思っていた動機は、後から編集されうるのです。

■フェスティンガーの認知的不協和の実験

すべての被験者にとても退屈な同じ作業を与えます。作業終了後に、その作業の評価をしてもらうのですが、その際に、次にその作業を行う被験者に「作業は楽しく興味深い」と言うように要請されます。そのときに、そのように嘘をつく報酬が1ドルのグループと、20ドルのグループに分けます。すると、1ドルの報酬のグループの方が「楽しく興味深かった」と言い、20ドルもらう方のグループは「面白くなかった」と回答したのです。

これは「個人の心の中に矛盾する二つの認知があるとき、その『不協和』を低減するために、比較的変えやすい認知を変える」ということです。たとえば、喫煙者が「肺がんと喫煙の関連は高い」という記事を読んだ時に、禁煙するのは大変なので「タバコを吸っていても長寿の人はいる」と考えたり、何か物を買った時、評論家がそれを低く評価している記事をみたときに、「この評論家は信頼できない」と考えたり、他のところで肯定的な情報ばかりを探してみたりすることなども当てはまります。

■ストックホルム症候群

 誘拐や監禁などのような拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有するうちに、加害者に好意や共感を抱くようになる現象です。1973年にストックホルムで起きた銀行立てこもり事件での監禁状況の中で、被害者たちが次第に犯人に共感し、警察に銃を向けたり、解放後も犯人を庇う人が現れたりしたという事件に由来します。


いかがでしょうか。個人の意思決定は、これほどまでに自分以外のものによって左右されてしまうのです。

もちろん、本人の意思は優先されるべきですし、カウンセラーは基本的に自己決定を尊重します。

しかし「本人が望んでいるから」という、その「本人の意思」は、本当に自らの意思で決められたことなのか、周囲の環境がそのように仕向けていないのか、ということに対しての注意と配慮は必要だと思います。

アーティストの場合でも、最初は誰かに頼まれてやりはじめたわけではなく、自分の意思で、やりたいからやりはじめた、という人がほとんどでしょう。それが周辺環境の変化によって、いつのまにか本来の自分の意思とは離れた意思決定をしてしまっていないか確認してみる必要があると思います。

連載のVol.2でも書きましたが、「自己一致」することはとても大切なことです。

また、例えば生まれながら痛みや寒暖に鈍感な人も存在します。

すると、放っておくと危険なレベルまで頑張ってしまう場合があります。そういう場合、本人が平気だ、大丈夫だ、と言っても止めなければいけません。

それはメンタルに関しても同じことで、過剰に頑張り過ぎてしまう人が存在することも前提にして「このくらいの状態や条件になると危険」という知識の共有とルール作りは必要です。壊れる可能性を是としたやり方は、前回紹介したパッション・ピットのマイケル・アンジュラコスの「あと何人のアーティストが死ぬ必要があるんだ」という嘆きにつながるような、周囲による単なる無責任な感動の消費につながる可能性もあります。

最後に、イースタンユースの「ソンゲントジユウ」という曲を紹介しておきます。

 

この曲についてイースタンユースの吉野寿はインタビューでこのように語っています。

人生のなかでいちばん優先されるべきもの、大事にするべきものというのは「個」なんじゃないかと思ってるんです。社会の役に立つために生まれてきたわけじゃないし、ましてや国の役に立つために生まれてきたわけでもないし、自分の人生を自分らしく生きることを探求するために生まれてきたわけですから。その「個」があって初めて社会のいろんな仕組みが成り立つし、「個」を手放して「公」を優先させてしまうと生きる意味がなくなってしまう。(Rooftop 「生存の実感と尊厳と自由を赤心の歌に託して」2017.10.01)

とても力強いメッセージです。

イースタンユースは「同調回路」という曲では「俺は同調しない!」と絶唱しています。こちらもぜひ聴いていただきたいです。

人は社会的な生き物ですから、社会とは関わっていかなければなりませんし、ここまで見てきたように、個人の意思は環境に左右されやすいですが、それを自覚することで、むしろ個は尊重されるのではないかと思います。


手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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