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【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン5 コロナ時代編 第11回

StoryWriter

「アセちゃん、こっちこっち!」

6月某日、自粛解除直後の新宿・ヤマダ電機店内。

2階の健康器具売り場にいた私のもとへやってきた初代嬢は、お目当ての小型マッサージ器が手に入ることを確認すると、すかさず次の行動へと移った。

「香水、見たいんだよね」

ドリフのコントに登場するジャンボマックスのように、みるみるうちに物欲の巨人と化していく初代嬢。2年ぶりの再会というセンチメンタルな気分など、微塵も感じさせない強靭な精神力。キャバクラ界のウォーズマンこと、初代嬢。

「これこれ、どれがいいと思う?」

ここは、家電量販店。なのに、なぜ、香水コーナーなどあるのか。これでは、まるでドン・キホーテではないか。靖国通りを挟んだ対岸にある歌舞伎町ドンキを回避した私の努力は、みんな水の泡と化してしまった。

「みんな水の泡」を「IN THE MIDNIGHT HOUR」とかけて歌った忌野清志郎。やはり、天才は発想が違う。

天才といえば、私は幼い頃「天才クイズ」に出場したかった。そして、司会の斉藤ゆう子さんに会いたかった。しかし、その後林家こぶ平が4代目司会者となり、私の夢はまたしても水の泡と消えた。

水の泡ばかりに彩られた私の人生。こぶ平が林家正蔵を襲名した後も、私は決して忘れはしない。「もぐもぐコンボ」でヒロミがこぶ平を毎週いじめていたことを。そして皆に知っておいてほしい。真のお笑いドリームマッチとは、ヒロミとこぶ平の戦いであることを。

いや。そんなことは、どうでも、いい。

「アセちゃん、この匂いどう?」

ヤマダ電機2階に意外なほど広く展開された香水コーナーに陣取り、次々と香水のテストペーパーを嗅いでいく初代嬢。その姿は、まるでトリュフを探している豚さんのようだ。

いや、それはさすがに初代嬢に失礼かもしれない。

嬢は嬢なりに、綺麗な自分を演出するアイテムを探しているのだから。そして私に、香水のテイスティングをさせる初代嬢。つまり、アセロラ4000好みの女でいたい。きっと、そういうことなんだ。

「やぱ、あえて男性用のやつ使うっていうのもありかも」

そう言うと、初代嬢はしゃがみこみ、下の段にある香水に手を伸ばす。その瞬間、私の視線は初代嬢の豊満な胸元を捉える。

派手なつけまつげ、神秘的なカラコン。真っ赤なルージュ、そして巨乳。

とっさに目をそらす私。あくまでも、フェアプレイに徹したい。高校球児のように、純粋無垢な私の心。甲子園のラッキーゾーンに落ちたボールなど、ホームランではない。つまりは、偶然を装って覗いたセクシーショットは見る価値などないのだ。私は、血が出るほど唇を噛みしめ、目をそらし耐えた。

「ねえほら、アセちゃん、嗅いでみて」

私の心を知ってか知らずか、自ら私を近づけようと呼び寄せる初代嬢。私は、蜘蛛の巣にかかったモンシロチョウ。初代嬢のなすがまま、身を委ねるしかない。

初代嬢の横にしゃがみこみ、テストペーパーを嗅ぐ私。傍から見ると、私が当初懸念していた、ドンキのヤンキーカップルそのものに見えるかもしれない。だが今は、甘んじてその状態を受け入れよう。なぜならば、そんなことよりもこの後に起こるべく危機に備えて、もっとも安い香水へと初代嬢の物欲を誘導する必要があるからだ。

「決めた。これに、しよ」

ひとしきり物色し終わった初代嬢は、バニラビーンズの香りのする香水を手にした。北欧の風に乗って絶好調な初代嬢の物欲。私は、何も言わずただただ立っていた。そんな私の目を見て、上目遣いの嬢がメッセージを送る。

「これも、いいかなあ?」

私への、いや私の財布へのダイレクトメッセージ。初代嬢は、おねだりするときに変声期を迎えるのだろうか。通常時の神取忍のような太い声から、日高のり子のような甘い声に変わるのだ。みなみちゃんからおねだりされたら、上杉兄弟でなくともマウンドに立ってしまうだろう。逃れられるはずがない。

小型マッサージ器と香水の2点お買い上げ、合計9,800円。

嘘みたいだろ。これ、全部払うんだぜ。

「アセちゃん、ありがとう~」

同伴本編に入る前の、Overtureでの予期せぬ出費。

私は、心の中で、泣いた。

アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。

アセロラ4000「嬢と私」とは? まとめはこちらから

アセロラ4000(あせろら・ふぉーさうざんと)
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000

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