「ガッツだぜ!!」
小指を立ててマイクを握った熟女キャバ嬢が、汗だくになりながら歌う。
「ガッヅだぜ!!」
エトウさんが、ガサガサの天龍ボイスで歌い返す。
ここは、厚木駅のすぐ近く、繁華街の路地裏に店を構えるキャバクラ「ギャッツビー」。我々を蟹工船に乗せ労働させることで私腹を肥やしていたエトウさんが、お詫びのしるしにと案内してくれた店。
店内に入るなり、ノリノリで「ガッツだぜ!!」を熱唱している40代の嬢に、我々の目はくぎ付けとなっていた。
艶のない長髪、左肩のBCG跡。目じりの小ジワ、そして巨乳。
そう、一目見て巨乳なことは間違いない。だが、そんなことはどうでもいい。労働で疲れ切った私は、その歌声にうんざりしていた。
「ガッツだぜ!!」
カラオケに合わせてフェイドアウトしていく、熟女嬢こと、ガッツだぜの歌声。歌い終わると、エトウさんとハイタッチしている。よかった。ガッツだぜには、このままエトウさんについてほしい。
狭い店内に、客は私、エトウさん、サカイくんの3人しかいない。私は、ここ厚木でどんな嬢と出会うことができるのか、加藤ローサっぽい嬢、滝川クリステルっぽい嬢、リア・ディゾン、マリアン、アグネス・ラム、アン・ルイス etc…… 私の好きな、ハーフっぽい顔立ちでスレンダー(そして巨乳)な嬢たちをイメージしながら、私は待った。
そして今、隣にガッツだぜが座っている。なぜ。なぜなんだ。
「こんばんはー!もしや、同世代?」
いきなり、世代の共有を求めてくるガッツだぜ。なぜ、エトウさんではなく、私にところについているのか。エトウさんを見ると、子ども店長に無理やり女装をさせたような色黒な嬢と盛り上がっている。サカイくんはといえば、所ジョージそっくりな熟女を横に、露骨にうなだれている。ふと思い立ったように顔を上げ、私に何かを訴えかけるサカイくんのまなざし。
「エトウを、殺そうと思います」
早まるな、サカイくん。気持ちはわかる、わかるが、しかし。ここはなんとしても60分乗り切って、新宿へと移動してエトウさんに改めてごちキャバさせる方が得策だ。それまで、所さんとうまくやるんだ、サカイくん。
「こそこそ話しちゃって、な~に?」
甘えた声を出しながら、顔をめいっぱい近づける、ガッツだぜ。顔が、シーサーに似ている。私は沖縄に行ったことがない。そんな私ですら、ガッツだぜの顔面には、沖縄旅行をしているような気分を喚起させられる。しかし、決してタイプの顔ではない。
「なんか、すっごくオシャレ!」
私がかぶった、ニューエラの帽子に飛びつくガッツだぜ。
「私、オシャレな人、大好き」
褒められて、悪い気はしない。しかし、面食いで知られる私は、目の前のシーサーを直視できない。ただ、あえて言うならば、ガッツだぜはなんとなく良い匂いを漂わせている。
「それに、すごく優しそうだし、ステキ」
グイグイ来る、ガッツだぜ。やはり、顔はシーサーに似ている。ただし、シーサーとは沖縄の守り神。夢と希望を与える存在なのだ。決して、悪者なんかじゃない。
「同世代だし、話も合いそう」
私の右ひざに置かれた、ガッツだぜの左手。ヒーリング効果があるのだろうか。私の身体からは労働の疲れがいつのまにか抜けて行く。これが、同世代の嬢、酸いも甘いも嚙み分けた40代嬢の包容力なのだろうか。
「アセさん、ぞろぞろ、時間みたいでずげど、どうじまずが?」
エトウさんが、私に問いかける。サカイくんの横には、いつの間にか佐藤B作にそっくりな嬢が座っていた。ゾンビのような顔で私に退店を訴えるサカイくん。目をさらす私。その視線の先に、ガッツだぜの小ジワ入りの潤んだ瞳があった。
「もしかして、ばいちゃ、なの?」
なんて、かわいいんだ。天使よ、故郷を見よ。故郷とは、ここ厚木なのだ。
「じゃあ、帰りまずが、アゼざん!?」
まだ、アセが飲んでる途中でしょうが。私は、席を立つエトウさんの顔面を蹴り倒すと、ボーイを呼び、独断で延長を決めた。ガッツだぜを場内指名し、LINEを交換し、乾杯する私。これで、いいのだ。
「ガッツだぜ!!」
私とガッツだぜのデュエットが、店の中に、響いた。
アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編はほぼ毎週木曜日更新です。
次回更新をお楽しみにお待ちください。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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