ハロウィンが終わり、街は静けさを取り戻していた。私はいつものように午後4時に目覚め、タバコに火をつけると、窓の外を眺めながら一服する。
いつからだろうか。私が住むアパート「マ・メゾン」202号室の小さなベランダには、すずめたちが集まるようになっていた。
ガールズバー「ジューシー」のボーイとして働いたおかげで、エトウさんの両親が経営するマンションから脱出することができた私。今、こうしてすずめたちに囲まれながら、慎ましくも落ち着いた生活を送っている。
アラフィフにして、ついに自立した私には、すずめの他にも、たくさんの仲間たちができた。
ガールズバーのエース的存在である加護・辻のW(ダブルユー)に似た2人。ジャイアント白田をさらに大食いにしたようなガールや、ロン毛の藤原喜明風ギャル、柳ユーレイに似たOLさんなど、個性的なキャストと共に働くことで得られたことも多い。
そして、掛布ちゃんと常連客・タキさんの恋。タキさんの本名が「下馬上鉄也」(しもうまうえてつや)だということを知り、野球の次に競馬好きな掛布ちゃんが急激にタキさんに接近したことで、2人はついにゴールインすることとなった。おめでとう、掛布ちゃん、タキさん。
「アセちゃんは、誰か良い人いないの?」
掛布ちゃんが、得意のスミノフ2本のみをキメながら私に問いかける。右手には「スミノフアイスブリスクレモネード」を、左手に「スミノフアイス モスコミュール』を持ち、顔の前でクロスして口の中に放り込む掛布ちゃん。ドバドバと零れ落ちるスミノフの泡を思い出しながら、私は部屋で物思いにふけっていた。
「誰か良い人」
等、私にはいただろうか。いたとしたら、それはやはり初代嬢のことだろう。一時は店に行くこともなく、ただただ食事をし、カフェで語り合い、普通にデートしていた私たち。
「あと3個、生牡蠣食いたい」
粋な寿司屋のカウンターに座り、大声で下品なオーダーをする初代嬢に、顔が赤くなったこともあった。アセに恥をかかせるな。私は声を大にして言いたかったものの、目の前に置かれた生牡蠣の三連星を前にウキウキ気分を見せる初代嬢の顔を見ると、そのあどけなさと無邪気さには何も言えなかった。
そんな初代嬢が、何度目かの音信不通になってから、約3か月。このまま我々の関係は終わるかのように思えた。
が、しかし。そのときは突然、やってきた。
「ね、どこの外科行ってる?」
初代嬢からの、久しぶり且つ謎のメッセージ。小説の書き出しとしては、書き出し大賞の候補になってもおかしくないほどに秀逸な、ミステリアス極まりないメッセージだ。もしかして、単なる間違いLINEかもしれない。私は、とりあえず既読無視を決め込んだ。
初代嬢のLINEに対して既読無視するなど、慎吾ママの「おはー!」に対しておは返しをしない子どもぐらい失礼なことは承知している。ただ、私は迷っていた。
このまま、私の人生は初代嬢に支配されたままで良いのだろうか。ここで返事をしてしまえば、またいつかのように惨めな思いをするに決まっている。
昨日今日明日。変わりゆく私。
今度こそ、本気で変わらなきゃいけない。
「アセちゃ~ん? いないの~?」
初代嬢からの留守電メッセージ付き着信もスルーする私。電話に出たい、が、しがし……。正味の話、きっとこれは罠だ。だって今日は金曜日。華金に電話をしてくるイコール、私は同伴客のキャンセルによりスーパーサブとして招集されるということなのだ。
しかし、私は電話に出ることはない。なぜならば、初代嬢を恨んでいるのだから。その理由は、私のお誕生日にお祝いメッセージの1つさえくれなかったことに決まってる。
日本代表を外された三浦カズが、その後岡田監督の招集に応えたことがあっただろうか。いや、ない。私は、KINGカズの気持ちがわかる。ワールドカップ日本代表に選ばれなかった怒りとやりきれなさ。それは、アセロラ4000が初代嬢から誕生日に連絡をもらえなかった心境とピタリと符合する。
「外れるのはアセ、アセロラ4000」
私は、あの屈辱を忘れることができない。そして今、誓う。Withコロナの時代を経て、生涯現役のキャバクラウォーカーでいることを。ただし、そのためには、やり残したことがある。
初代嬢との関係に、最終決着をつけるのだ。
アセロラ4000『嬢と私』コロナ時代編~終わり~
次回更新をお楽しみにお待ちください。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
https://twitter.com/ace_ace_4000