watch more
StoryWriter

 

泉谷しげるや曽我部恵一をはじめとしたミュージシャンのポートレート撮影を中心に、CD、書籍、広告、webや雑誌などの撮影を手がけている写真家のJumpei Yamadaが、写真をもっと自由に捉えてほしいという想いをもって、7月3日(火)よりスタートした新連載「illusionism」。

公募で募ったゲストモデルを撮り下ろし、その写真を元にゲストライターが想像した文章を自由に執筆、写真と一緒に掲載していく。毎週火曜日更新予定。

 

「illusionism」Vol.1はこちら

「illusionism」Vol.2はこちら

「illusionism」Vol.3はこちら

「illusionism」Vol.4はこちら

「illusionism」Vol.5はこちら

「illusionism」Vol.6はこちら

「illusionism」Vol.7はこちら

 


「illusionism」Vol.8

 

爪の先で軽く弾かれるに違いない卑屈な憤懣、救い難いほどの贅沢な虚空。無能で、無傷で、無価値で、つまりはひどく純粋だった私は、闇に怯えて、光に屈し、なにに分類されることもない自分を忘れたいがために浮かれ騒ぐのが常だった。痛くない。生きていけるのだと思った。

 

なにかを殺すばかりでなにかを生んだことがあるか? 愛を謳いながら愛を理解しようとしたことがあるか? 私にはない。けれど、私がなにをどうしたところで戦争は終わらないし、暴力は止まらないし、放射線濃度は下がらないし、雇用率は上がらないし、政府は動かないし、病気は治らない。花は枯れる。冬は寒くて、夏は暑い。このクソみたいな世界はずっとクソみたいなまま、少なくとも私の手で変えられるものではなかった。

 

 

だから、うらやましい、と呟いたのだ。あの男はまったく意味がわからないという風に顔をゆがめた。気難しい人だと思った。一瞬だけ付き合ったやつの知人だか、同窓生だかで、高円寺のライブハウスで知り合ったから、その日も同じ場所で落ち合って、当てもなく街をさまよっていたときである。私は以前にも一度、ポートレイトの被写体を頼まれたことがあったのだけれど、のちに送られてきた写真を見たら、そこにはクソみたいな世界に佇む美しい私ではなく、美しい世界に佇むクソみたいな私がいたから、なぜか、嬉しくて、泣いたのだった。

 

 

「うらやましいって、無責任なこと言うなよ。僕のことなんかなんにも知らないくせに」

 

「でも写真の才能があるってことは知ってるもん」

 

「だからなに? こんなのは単なる暇つぶしだよ」

 

「暇つぶしで世界を美しく見せられるなら最高じゃん」

 

「見せるもなにも、世界はもともと美しい」

 

「嘘?」

 

彼は肩をすくめただけでなにも答えず、無言でシャッターを切り続けた。なにを考えているのだろうと考えた。さして興味はなかったけれど、とにかく服の穴のことを忘れたかったのである。そして、ふと、彼の人差し指が腫れていることに気がついた。なんの傷だろうと思って、髪をかき上げるふりをして手を伸ばしてみると、彼は慌ててカメラを下ろし、薄汚い捨て犬のような目で私を睨んだ。長い沈黙だった。どこかで本物の犬が鳴いた。彼は泣いていないふりをした。私に期待していなかった。私は気づかないふりをした。彼を愛していなかった。何事もなかったように再び歩き始めたとき、私たちは二人して不機嫌になっていた。悲しみよりも、怒りの方が、楽だから。

 

「これ、いつも持ち歩いてるんだけど、あなたにあげる」

 

「……フランクルか。哲学は嫌いなんだけどな」

 

「騙されたと思って。ね。死にたくなったら読んでみてよ」

 

「なにそれ。いますぐ読めってこと?」

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「その指、どうしたの?」

 

「ああ、これね。ドアに挟んだんだ」

 

 

そう呟いて力なく笑った。大きな口の中で嘘が絡まった。たぶんそうだった。病葉のようにしなびた記憶である。あのころはとにかく大勢の人と遊び歩いていたから、たった二回しか会っていない男のことなどすっかり忘れていたのだけれど、いまになってあのころの写真を見返してみたら、クソみたいな世界に佇む美しい私がいたから、なぜか、切なくて、笑えたのである。無能で、無傷で、無価値なまま、なぜかひどく不純になった私は、死ぬには遅く、生きるにも未だ、あるいはさらに、苦しくなった。側溝に溜まった汚水のような人生か。美しい世界に佇むクソみたいな私はここにいる。たぶんずっとここにいる。

 

「穴の空いてない心もあるよ」

 

私は、信じていたかった。

 

2018年8月28日更新予定
「illusionism」Vol.9へ続く

Text = 春

Twitter : @aur0raph0bia

Model = あみ

俳優

Photograph = Jumpei Yamada(じゅんぺい・やまだ)

1987年富山県生まれ。
2007年より関西にて活動。
活動拠点を東京へ移し、2014年独立。
ミュージシャンのポートレート撮影を中心に、CD・書籍・広告・webや雑誌等各種媒体の撮影を手がけ、並行して自身の作品制作も行う。

2015年2月 写真集「ギミ!ギミ!ギミ!ダーリン!」発表。
2018年2月写真展「immanent」at 高円寺FAITH

Web : https://jumpeiyamada.com/
Twitter : @jumpeiyamada_

写真はもっと寛容で発想力を掻き立てるもの──写真家・Jumpei Yamadaが人生、連載を語る


被写体募集
illusionismに被写体として参加して頂ける方を募集中です。経験不問。興味のある方は「氏名」「年齢」「バストアップ写真、全身写真(3ヶ月以内撮影)」「芸能活動されている方は芸歴・活動歴」を明記・添付の上、件名:被写体募集にてillusionism.wanted@gmail.comまでご連絡下さい。応募者多数の場合、採用させて頂く方にのみご連絡させて頂きます。

PICK UP