夏の日差しがまぶしい週末、新宿の街。
私は、再び購入した嬢への誕プレ「炭酸マシーン」を抱え、嬢とのデート(同伴)のため、居酒屋へ向かった。
デニムのホットパンツ、スラリと伸びた美脚。ノースリーブのシャツ、そして巨乳。
誰もがうらやむような美女を連れた私は、席に着くと、早速誕プレを渡した。
「あんがと!」
ひとことで、感謝のスピーチを終わらせる嬢。
会話が盛り上がることもなく、2時間もしないうちに居酒屋を出て、店に向かう。しばらくしてドレスに着替えて出てきた嬢。
「シュポンッ、する?」
生誕祝いで、シャンパンをリクエストする嬢。
仕方なく、ボーイを呼び、ドリンクメニューを手に取る私。
「50,000円、30,000円、25,000円……」
あまりの高額に、めまい。悩みぬいた結果、最低価格(8,000円)を指さす私。なぜか、無言の嬢。
「それ、シャンパンだと思ってない」
私の精一杯の誠意を却下する嬢。そんなシャンパンを入れるくらいなら、青汁でも飲んでいる方が良いのかもしれない。
しばらくすると、珍しく他の客から指名が入り、嬢は私のもとを離れていった。私ともう一方の客との間を行ったり来たりしている。私は、早々に店を後にした。
その日を境に、嬢からのLINEはほとんど来なくなった。
やっとメッセージが来たと思ったら、シフトが変わったことを明らかにする嬢。
今度から午前0時以降しか勤務しないという。
そんな時間ではデート(同伴)もできなくなってしまう。嬢は、それでいいのだろうか。
私は、思い切って、もうごはんに行くことはできなくなってしまうのか、問いかけた。
「うん…」
初めて登場する「…」に、嬢の心境が表れている。
つまり、ごはんにはもう、行く気がない。
私は、フラれたのかもしれない。何度目かの、フラれ気分でロックンロール。いや、今回は確実に、フラれたのだ。
そのとき、私はついに悟った。
私がこれまでLINEブロックを繰り返してきたことは、嬢にとってはとてつもない屈辱だったのだろう。その屈辱を晴らすため、嬢はあらゆる手段でアプローチして、どうにか私を捕まえてきた。そして、誕プレをゲットした今、私とデート(同伴)する理由はなくなったのかもしれない。
きっと、嬢は、誕プレが欲しかったわけじゃない。
高価なシャンパンが飲みたかったわけじゃない。
嬢にとっては、すべてはキャバクラ嬢としてのプライドを賭けた戦いだったのだろう。
三国志でいえば、赤壁の戦い。嬢は、キャバクラ界の諸葛孔明だったのだ。
私は、嬢の気持ちをこれっぽっちも理解していなかったことに、今更気付き、愕然とした。そして、嬢をキャバクラ嬢としてではなく、いつしか1人の女性として扱ってしまっていたことを悔やんだ。
それこそが、最大の過ちだったのだ。
なぜならば、嬢は「キャバクラ嬢」という独自の生命体であり、単なる「女性」ではないのだから。
嬢のプライド、アイデンティティは、最上級のキャバクラ嬢であることにこそ、あるのだ。そのプライドをことごとく傷つけてきた私は、フラれて当然だ。
今、私はアパートの部屋をキャバクラに見立て、1人で酒を飲んでいる。テーブルの上に鏡月のボトルを置き、アイスペールに氷を詰め、マドラーでグラスをかき回し、焼酎の水割りをあおる。
全然、面白く、ない。
されど、嬢が隣にいた日々は、もう、戻らない。
目に浮かぶのは、輝いていた嬢との日々。楽しかった数々の思い出が走馬灯にように駆けめぐる。
今はもう、感謝しかない。
ありがとう、嬢。
さようなら、嬢。
美しい黒髪、つぶらな瞳。優しい笑顔、そして……
なんだか、少し、泣けてきた。
〜シーズン2 完〜
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第1回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第2回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第3回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第4回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第5回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第6回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第7回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」シーズン2 第8回
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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