年末も押し迫ったある日、私は職場でお説教されていた。
「アセくん、最近、仕事もしないでスマホばっかり見ているわね?」
ベテラン派遣社員のおばさん、安田さんがお昼休みに私を呼び出し、日頃の勤務態度について叱責する。
時刻は12時45分。私はイラついていた。もうすぐ昼休みが終わってしまう。
「勤務中はスマホをロッカーにしまっておく決まりでしょ!?」
女性にも関わらず中尾彬にそっくりな顔をこちらに向け、安田さんが私を睨みつける。
焼栗のような黒い超ショートヘア、ギョロっとした大きな目。ビア樽体形、そして巨乳。
困ったことに、おばさんで、巨乳。いや、太っている場合は巨乳にカウントしてはならない。そんなことは常識中の常識。つまりは、だめー。
お説教など、早く終わってほしい。なぜなら、エリカ嬢にLINEの返信をしたいのだから。こんなことに時間を費やしているわけにはいかないのだ。
エリカ嬢と私は、新宿歌舞伎町のキャバクラ「ロザーナ」で運命的な出逢いを果たして以来、LINEを続けていた。
「おはよ~! アセたん! 今日は天気がいいね! 私、天気良いの好きかも」
「おはよう~! エリカちゃんは早起きだね。エライぞ! 天気良いの好きなんだね! イイね!」
「目、整形したいかも。悩む~。どう思う?」
「今のままでも、かわいいと思うよ! でも、したかったら、しても良いよ。自分らしく、あれ。」
「アセたん……(´;ω;`)優しい。今、泣きそうかも」
「そうでもないよ(〃´∪`〃)ゞ泣かないで、エリカちゃん」
「明日、これない? 会いたいかも」
恋人同士のような日常のやりとり。もはやLINE上で同棲していると言っても過言ではない、私たち。これはもう、これはもう。青春じゃないか。
「聞いてるの? アセくん!?」
私は安田さんの声を背中で聞き流しながら、喫煙所に向かった。起きている間は、常にスマホを見ていたい。そして、今まさに、明日のデート(同伴)について、返事をしなければならなかった。急げ、私。
「おつかれさまでーす」
スマホを見つめたままの私に、誰かが声をかけてきた。
そこにいたのは、中国人留学生でアルバイトのテイさん。タバコをふかしながら、どこか悲しげにスマホを見つめている。どうしたのだろう。いつものテイさんじゃ、ない。
「アセさん、ワタシ、彼氏と別れたよ」
突然の告白。
「ワタシ、今、悲しいよ、アセさん」
潤んだ瞳で私を見つめ、訴えかけるテイさん。
もしかしたら、彼氏と別れた原因は私への恋心なのかもしれない。
思い返せば、テイさんはいつも私を見つめていたような気がする。私が仕事中に居眠りしたとき、目を覚ますといつもテイさんがこちらを見つめていた。睨んでいた、ともいえる。だが、間違いなく、こちらを見ていた。エトウさんやサカイくんに対しては、そんな態度を取っていないはず。
テイさんの愛を受け入るか否か。今まさに、私は人生の岐路に立たされていた。
いや、ダメだダメだ。バカ、バカ、私のバカ。こんなことをうちのやつ(エリカ嬢)が知ってしまったら、傷ついてしまうはず。
ケンカをやめて。2人を止めて。私のために争わないで。もうこれ以上…(河合奈保子「ケンカをやめて」より)
そう、今の私にとって大事なのは、エリカ嬢との愛を育むこと。テイさんとは、交わることはできない。すまない、テイさん。罪深い私を、許してほしい。
ふと見ると、テイさんの姿はなかった。すべては、私が抱いていた愚かな妄想だったのかもしれない。テイさんは、きっと新しい恋人を見つけるだろう。もう昼休みが終わる。戻らなければ。
振り返り、仕事場に戻ろうとしたそのとき。去ったはずのテイさんが目の前に立っていた。
「アセさん、明日の夜、ひま?」
突然、私に迫るテイさん。これは、まぎれもなく現実だった。
スマホをしまい、首を縦に振る私。予定など、ない。あるわけがない。
「ごはん食べに行かない?」
モテ期、到来。私は、すぐに返事をした。
答えは、もちろんイエス。
私は、休日にテイさんとごはんをたべに行く約束を交わした。
クリスマスが、近い。
〜シーズン3 第8回へ続く〜
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第1回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第2回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第3回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第4回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第5回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第6回
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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