暮れも押し迫った、土曜日。
派遣業務のシフトを無理矢理サカイくんに代わってもらった私は、新宿の居酒屋にいた。目の前には、アルバイトで中国人留学生の20歳女性・テイさんがいる。
「ワタシ、彼氏と、別れたよ」
テイさんは今、私に話を聞いてもらうことで心の傷を埋めてもらおうとしているのだ。そして、私を次期彼氏候補として見ている。そんな、恋の予感。
私は、未来の彼氏として、精一杯のおもてなしをすべく、ほどほどに高級な居酒屋の個室を予約した。
ところが、いつもの癖だろうか。新宿歌舞伎町付近の店をブッキングしてしまった。「ロザーナ」のエリカ嬢の顔が頭をよぎる。
そして、先ほどからスマホが振動している。私とエリカ嬢は、毎日LINEで愛の交換日記を交わしていた。今日も、いつものように、「おぱにょ~ん、アセちゃん!」から始まるラブ通信を受信したようだ。
先ほどからビールをグイグイ煽っているテイさん。その目を盗んで、スマホをチェックする。やはり、エリカ嬢からのLINEだった。
「来週、会えるかなー?」
絶賛、モテ期な私。テイさんからアプローチされながらも、本妻・エリカ嬢からのラブコールも受け入れなければならない。今の私は、火野正平ばりの、ジゴロ。そう思われても仕方がない。
「ワタシ、日本でビジネスを立ち上げて成功したいのよ。それで、お金を貯めてたのに。とはいえ~、彼氏がすごい浪費家で。それでケンカになって~」
酒を飲み、焼き鳥をバクバク食べながら一方的に喋るテイさん。居酒屋に入ってから1時間、一方的にまくしたてるテイさんを前に、私は沈黙の艦隊と化していた。仕方がなく、スマホをチラ見しながら、頷く私。
「本当、ケンカばっかりで。とはいえ~、結婚もしたくて」
うんうん、と頷きながらも、一方でエリカ嬢に店に行けそうな日をLINEする私。
「お金を貯めないといけないじゃないですか? とはいえ~、今の仕事だと稼げなくて」
速攻で、LINEを返してくるエリカ嬢。
「Xmasは、会えないかな~?」
エリカ嬢との、はじめてのXmas。恋人がサンタクロース。アセロラがサンタクロース。私が行かなければ、エリカ嬢は、ひとりぼっちのXmasイブになってしまう。
しかし、もしかしたら、テイさんからもXmasデートの誘いがあるかもしれない。そして、愛の告白を待つには、まずはひと通り彼氏と別れた愚痴を聞かなければならない。
「転職もありだとは思うけど、とはいえ~」
彼氏の話を終え、ひたすら自分語りを続けるテイさん。
「Xmasはエリカサンタになるよ♡」
自撮り画像を送ってくるエリカ嬢。
ツヤツヤなヘア、卵型の小さな顔。色っぽい鎖骨、そして巨乳。
猛烈に、かわいい。
「とはいえ~彼氏がいないと~」
それに比べて、巨乳とは言い難いテイさん。よくよく見ると、たいしてかわいくない。決めた。Xmasは、エリカ嬢と、すごすことを。
「とはいえ~」
さっきから、とはいえ~、とはいえ~、うるさい。今度から、心の中でトワイエと呼ぶことにしよう。さらば、テイさん。
時計を見ると、すでに3時間が経過していた。すると、突然立ち上がるトワイエ(旧・テイさん)。
「じゃあワタシ、電車なくなるから。帰りま~す」
お金のことに一切触れることなく、席を立つと光の速さで店を出ていくトワイエ。残された私に告げられたお会計は「13,500円」。
ここまで飲み食いしながら、ごちそうさまも言わずに帰るという、スピリット。逆に、すごい。しかし、私にとっては一大事。Xmasにエリカ嬢に会うための資金が、なくなってしまった。
こうなったら、マキバオーこと謎の金持ち・エトウさんに再びごちそうになるしかない。私は、週明けに、職場でエトウさんを捕まえることにした。
〜シーズン3 第9回へ続く〜
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第1回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第2回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第3回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第4回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第5回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第6回
シーズン3 歌舞伎町ニューウェーブ編 第7回
※「【連載】アセロラ4000「嬢と私」」は毎週水曜日更新予定です。
月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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