私は今、宇宙から帰還した。
キャバクラという果てしなく広がる大宇宙。そこで輝き続ける巨大な惑星・嬢。
私こと宇宙船アセロラ号は、惑星への不時着を繰り返した結果、ボロボロになった船体で故郷へと帰って行った。そう、地球(テラ)へ……。
つまり私は嬢と別れた。LINEブロックという儀式を終えて。そして今、冬の海、誰もいない浜辺。私は、ただただ時の流れに身をまかせ、佇んでいる。
ふと、大きな声を出してみる。
「おーい、海よー おまえも、ひとりぼっちなのかーい」
呼びかけても、返事はない。なぜなら、海には指名料を払っていないから。話しかけたところで、相手にしてくれるはずがないのだ。
あの日、私の顔は青ざめていた。嬢との2度目のデート(同伴)。お金が、足りない。札を数える私の姿を見た嬢は心配そうな顔を見せる。すまない、嬢。もしかして、私にお金を貸してくれるのかな。
「外にATMあるよ?」
真顔で迫りくる嬢。先ほどまで、ビタミンスティックを吸い鼻蒸気を噴き上げていた間抜けフェイスの女とは同一人物とは思えない。憎まれそうなニューフェイス。いや、憎むべきはこの私。なぜ嬢とのデートに万全の経済コンディションで臨めなかったのか。こんな私が嬢JAPANの代表戦でピッチに立ってはいけなかったのだ。完全アウェイの店内に立ち尽くす私。サポーターは1人もいない。
「ねえアセちゃん、すぐそこにあるよ、ATM」
俺たちTIM。そんなギャグがあったな。一瞬、現実逃避な発想が頭をよぎる。しかし、ATMには行きたくない。なぜなら、口座には340円しか入っていないのだから。手数料を引かれたら130円しかおろせない。嬢は130円で私を逃してくれるのだろうか。いや、無理だ。嬢にとって、1万円以下は貨幣ではなく、ちり紙なのだから。
「現金がないなら、カードを使えばいいじゃない」
嬢アントワネットが言う。しかし私のカード上限額は限界MAX。つまり、使用不可となっている。
私はトイレに立つと見せかけ、一番優しそうなボーイにこっそりと、金が足りないことを告げ、なんとかならないかと相談した。
「仕方ないですね、では明日残りを払いにきてください」
交渉の結果、私はボーイに保険証を預け、払えるだけの金額を払い、仮の会計を済ませた。帰り際、ボーイが嬢になにやら耳打ちしている。「ありがとう~またね!」と手を振る嬢。なんとなく、さげすんだ目で見送られたような気がする。恥ずかしい。良い歳をして、お金が足りないなんて。そして、足りないお金を払うためだけに再びキャバクラに来なければならないなんて。
そして、なによりショックだったのは、嬢が一切助けてくれなかったことだ。それどころか、さらに私を追い込もうとした。結局、嬢にとって私はただの金ヅルでしかなかったのだ。正直いえば、そんなことは最初からわかっていた。嬢が見せる優しさ、いたわり。LINEのやりとり、そして巨乳。すべて、私という客をキープするためだけに、おこなわれていたことなのだ。わかっていた。わかってはいたけれども…… 本気で惚れてしまっていた。どうすることもできなかったのだ。
終電はとっくになくなっていた。私は、自宅まで5kmほどの道のりを歩きだした。みじめすぎる帰り道。
「さっきはごめんね」
嬢にLINEを送る。既読にすらならない。悲しい。さみしい。超わびしい。自宅につき、ベッドに横たわる。明日、実家の父親にお願いして金を振り込んでもらおう。そうじゃないと、本気で金がない。私のみじめさはどん底にまで落ちていく。そうだ、もうやめよう。ぜんぶ君のせいだ。嬢がいるからいけないのだ。こんなこと、もう終わりにするべきだ。私は、嬢のLINEをブロックした。関係を断ち切り、店に行かなくて良いように。さらば、嬢。もう会うこともないだろう。さらば……。
そして今、私はひとり海にいる。立ち上がり、あたりを見渡してみる。なんて清々しいんだろう。
青い海、広い空。白い雲、そして巨乳。頭上を流れる雲は、まるで嬢の胸のように膨らんでいた。
「おーい、雲よー おまえは何カップなのかい?」
いつのまにか近くにいた女子中学生たちが駆け足で走り去っていく。まるで逃げるように。いや、逃げたっぽい。今の私は変なおじさんということなのか。せめて、交番には、行かないでほしい。
嬢よ、さらば。そして、私は明日から何を糧に生きて行けば良いのだろう。ふと私の脳裏には、かつて通い詰めたガールズバーのことが、浮かんだ。
〜第10回へ続く〜
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第1回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第2回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第3回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第4回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第5回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第6回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第7回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第8回
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月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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