「アセちゃ~ん! わたしだよ!」
スマホ画面を目にした私は、激しく動揺した。二度とこないはずの、嬢からの連絡。「LINEブロック」=「永遠の別れ」だと思っていた私がうかつだった。嬢はショートメールというオールドスクールな技法を駆使して、私にアプローチしてきたのだ。
無視すれば良い。すれば良いのだ……
が、しかし。正味の話、私は少しときめいていた。ここまでして私と会いたいという、嬢の不屈のスピリット。これは本物なのではないだろうか。私だけが勝手に「所詮、金ヅル」「ただの客」などと不貞腐れていただけかもしれない。いや、きっとそうだ。嬢は、私に気がある。そうでなければ、LINEをブロックされた人間に対し連絡などよこすはずがない。
これまでのことは、すべて水に流そう。決めた。そう決めたんだ。
「ごめん、スマホが壊れてLINEが全部消えちゃったよ~」
とっさの言い訳をする私。
「そうだったんだ~!? たいへん!!」
と返す嬢。なんという純粋さ。疑うということを知らぬイノセントさに感激せざるを得ない。
あの日、嬢から卒業し、社会に巣立っていった私。だが、人生は勉強の連続。卒業していったい何わかるというのか。夜の校舎窓ガラス壊して回った(脳内で)。サンキュー尾崎豊。私は今、嬢への再入学手続きを終えた。そう、LINEブロック解除という手続きを。
こうして、嬢と私は、あれよあれよという間に元のさやに納まったのだった。
そして今、私は渋谷ドン・キホーテ前にいる。巨大な水槽で優雅に泳ぐ魚たち。まるで嬢と私の未来を見るようだ。そう、これから嬢と私は約半年ぶりのデート(同伴)なのだ。
ドンキ前に18時集合の約束。今、18時25分。嬢の変わらぬ遅刻癖が愛おしい。そしてLINEが届いた。
「アイパッチって、どこに売ってるのかなあ?」
アイパッチとは。いったい何があったのか。
「ものもらいが、でけた」
でけた、のか。かわいい。どこまでもかわいい嬢の、左目のものもらい。なれるものなら、私はものもらいになりたい。私の心は、はやるばかり。早く、嬢に、逢いたい。
そして、嬢はやってきた。左目に白くバカでかいアイパッチをべったりと貼って。渋谷の街中でも抜群に目立つ嬢のスタイル。さらにバカでかいアイパッチ姿。ことさら超目立つ。しかし、嬢はそんなことで恥ずかしがるような玉ではない。
「ひさしぶり! アセちゃん!」
半年ぶりの再会で、私たちはすぐに恋人時代に戻ることができた。いや、正確にはそんな時代はない。私の脳内で歴史が塗り替えられているのだ。そのことは、嬢に告げるまい。ドン引きされるだろうから。
渋谷東急本店の道路向い、地下にあるシュラスコの店で、肉食女子・嬢は次々とシュラスコを食べる。お会計は、11,000円。今の私にとっては、どうってことはない金額。私は意気揚々と、懐かしのホーム、嬢の店へと向かった。その道中。奇跡が起こった。
「アセちゃん、見えないからつかまっていい?」
駅の階段で私の腕につかまり、寄り添うように歩く嬢。右腕に感じるFカップ。視界が悪いが故に、私に介助を求めているのだ。
しかし、果たしてそれだけが理由なのだろうか。目が見えないことにかけつけて、私と腕を組みたかっただけなのでは? そうだ。きっとそうに違いない。なんなら、自ら左目を傷つけ、アイパッチ作戦で私を落とそうと企んだのかもしれない。なんて、健気でかわいらしい嬢なのだろうか。
階段を降り、店まで華麗にエスコートする私。ピタリと妻のように寄り添う嬢。吐息の漏れる唇、綺麗な鼻筋。揺れる黒髪、そして巨乳。
思い出すのは、いつかのメリークリスマス。あの日の感触がよみがえる。今、失われた青春が帰って来た。そして私は、新たなボトル(鏡月)を入れ、嬢にドリンクを奢り、おつまみを頼み、1時間半の延長を実施した。お会計は37,800円。払えなくは、ない。また明日から、一生懸命働けばいいだけの話だ。
私は再び、キャバクラという沼に落ち、嬢というアリゲーターに丸飲みされようとしていた。
〜第12回へ続く〜
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第1回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第2回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第3回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第4回
【連載】アセロラ4000「嬢と私」第5回
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【連載】アセロラ4000「嬢と私」第10回
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月に一度のキャバクラ通いを糧に日々を送る派遣社員。嬢とのLINE、同伴についてTwitterに綴ることを無上の喜びとしている。未婚。
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