【連載】アーティストのためのカウンセリング入門Vol.10 LGBTについて LGBTと音楽

アーティストが抱えている、アーティストならではの悩み。メンバーやスタッフに相談するのは気まずかったり、カウンセリングに足を運ぶことができないアーティストも少なくないんじゃないでしょうか? 同じように、アーティストを支えるスタッフや関係者においても、どうやって彼らをサポートしたらいいのかわからないという状況もあるかと思います。

そんなアーティストや彼らに関わる人たちに向けた連載がスタートです。

アーティストたちが抱える「生きづらさ」を探った書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』で、現役精神科医師の本田秀夫とともに創作活動を続けるためにできることを執筆した、産業カウンセラーでもある手島将彦が、カウンセリングについて例をあげながら噛み砕いて説明していきます。

アーティストが抱える悩みが解消される手助けになることを願っています。


Vol.10 LGBTについて LGBTと音楽

最近LGBTに関することが話題になっていますので、このコラムでも取り上げてみたいと思います。

一部には「同性愛は生物学的に異常なこと」という根強い誤解があります。しかし、そもそも生物学は帰納的な学問で、「様々な観察によって実際の生物の有り様を見出すもの」です。つまり「生物のあり方を規定するもの」ではありません。

たとえば、ある動物Aを観察しているとします。そのとき、Aたちが肉を食べていたとします。するとその観察によって「Aは肉食である」とされます。

しかし、新たな観察で、草を食べるAが確認されました。その時に「そのAは異常だ」「それはAではない」となるでしょうか? それでは「Aとはこうあるべき」と、はじめからAの前提を決めてしまっているただの「思い込み」になってしまいます。

そしてそれは「科学的な態度」とは言えません。こうした場合は「肉食であるとされていたAには、草を食べるAもいた」という新たな「事実」が発見されたのですから、それを踏まえてAとはどういう生き物なのかを新たに考えなおす必要がある、ということになるはずです。

つまり、異性愛者以外の人間がいるならば、それを含めて人間を定義するということです。

また、動物の同性愛(両性愛)は自然界に多く見られることでもあります。

2006年、ノルウェーのオスロ自然史博物館では「生物の同性愛」をテーマにした展示が行われました。そこでは、キリン、ペンギン、オウム、クジラ、カブトムシなど、数多くの動物や昆虫にみられる同性愛的行動が紹介されました。この展示会のプロジェクトリーダーは「同性愛的行動が確認された動物は1500種以上あり、そのうち500種の同性愛が立証されている」とロイターの取材に対し語っています。

「同性間では子孫を残せない」という観点からの否定的な意見も見受けられますが、生物学的に「遺伝子を残すこと」はかならずしも「自分の子を残すこと」ではありません。血縁者の繁殖を助けることも遺伝子を残すために有効な手段なのです。

私たちの身近に生きるアリの場合は自分が繁殖するよりも女王アリを手伝うことによって、より多くの遺伝子を残すことを選択しています。社会的な生物であればあるほど、その方向へ進化していくのは、ある観点からは必然とも言えるかもしれません。

同じように、オスがメス化していくことも、社会的な生態をもつ動物のオスが好戦的であること(過度にオスらしいオス)は社会的なコミュニティを乱す存在になりますので、社会性が成熟していけば淘汰によってそうした特性が減っていくことも理にかなっていると言えます。

また、1973年には、アメリカの精神医学会が「同性愛は精神障害ではない」と決議しました。国際精神医学会やWHO(世界保健機関)も「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」という宣言を行っています。同性愛は精神医学的にも「異常」でも「倒錯」でもないのです。

つまり、ここで誰もが知り、理解しておきたいのは「少数であることが不自然である」という考え方をやめてみることです。「少数が存在することは自然である」としたほうが、この星の生物学、生態学的には理に適っているのです。

■現代のダンス・ミュージック、クラブ・カルチャーの源としてのLGBT

自分がLGBTのいずれかであると公表しているアーティストはたくさんいます。

検索してみれば様々な名前が上がってくるでしょう。それだけでもLGBTの人びとが芸術分野に与えている影響の大きさがわかると思いますが、とくに現在のダンス・ミュージックやクラブ・カルチャーに、LGBTの人たちが与えた影響はとても大きいことは良く知られています。簡単に、その歴史を見てみましょう。

1960年代のアメリカは、LGBTにとって暮らしやすい国ではありませんでした。性的指向を理由として解雇することは違法ではなく、同性間の性交渉を禁止する「ソドミー法」と呼ばれる法律がほぼアメリカ全土で施行されていました。

そんな中、ニューヨークには比較的自由な空気があり、合法的なゲイバーもありました。それでもLGBTのカルチャーが「風紀を乱す」という見方は根強く、1969年、ストーンウォール・インという店に警察が立入り、無免許酒類販売の現行犯として店員を逮捕する、という事件が起きます。

こうした事態は珍しいことではなく、客は警官たちに侮蔑的な言葉を吐かれても黙って耐え忍ぶ、というのが当然のことでした。

ところがこの日は、違っていました。客たちが警官に物を投げつけはじめ、それは暴動にまで発展してしまいます。そして差別撤廃と解放を求める人たちが集まって、5日間にわたって警察と対峙し続けました。これは「ストーンウォールの反乱」と呼ばれています。

この事件をきっかけとして、1970年代以降、差別撤廃運動が加速します。ストーンウォール・インは、現在ではLGBTナショナル・モニュメント(国定文化遺産保護地域)に指定されています。

そのような背景があった中、1970年代初頭のニューヨークでは、アフリカ系アメリカ人やラテン・カリビアン、LGBTなどが集まる空間が形成されていきます。そこでは、四つ打ちのリズムのダンス・ミュージックが鳴っていました。

それはディスコと呼ばれる音楽スタイルとして発展し、やがて多数派の白人層へと拡大していきます。

ニューヨークのStudio 54(1977年)、Paradise Garage(1976年)、サンフランシスコのEndUp(1973年)、Trocadero Transfer(1977年な)ど、数多くのディスコ専用クラブが次々にオープンし、ドナ・サマー(Donna Summer)、シック(Chic)、ビージーズ(The Bee Gees)、KC&ザ・サンシャインバンド(KC And The Sunshine Band)など、ディスコ・ミュージックでヒットを飛ばすアーティストたちが次々と生まれました。

 

しかし70年代の終わり頃、ディスコがアフリカ系アメリカ人やラテン・カリビアン、LGBTのカルチャーをルーツに持つことを嫌悪・罵倒するような運動が起きてしまいます。

「Disco Sucks(ディスコなんかサイテーだ)」と書かれたTシャツを着てディスコを揶揄する運動がはじまり、1979年には、ラジオ局のDJが企画した「Disco Demolition Night(ディスコ爆破ナイト)」というイベントがシカゴの野球場で行なわれます。これは、野球の試合後、参加客が持ち寄った大量のディスコのレコードを、ダイナマイトで爆破するという過激なもので、暴動のような騒ぎにまでなってしまいました。また、ニューウェーブなどの新しい音楽の登場もあり、ディスコは80年代に入ると低迷していきます。

そんな中、ニューヨークのParadise Garageなどのクラブでは、自らゲイであることを公表していたラリー・レヴァン(Larry Levan)のような人気DJが登場します。彼の音楽はガラージと呼ばれるようになり、後のハウス・ミュージックの源流にもなります。

 

そのラリー・レヴァンと共にDJをやっていたフランキー・ナックルズ(Frankie Knuckles / 彼もゲイであることを公表しています)はニューヨークからシカゴに拠点を移します。彼を中心にシカゴのDJたちは、様々な音楽が融合させてシカゴ・ハウスを生み出します。

1980年代後半になるとサイケデリックな要素も持つアシッド・ハウスが誕生し、イギリスでも流行しました。イギリスのクラブの多くはゲイ・フレンドリーを公言していたのですが、当時のイギリスは反LGBT的な法案「セクション28」が可決されていた時期でもあり(現在は撤廃されています)、そうしたクラブは警察からマークされてしまいます。

その圧力から逃れるように、人里離れた野外でパーティが開催されるようになり、「レイブ・パーティ」と呼ばれました。それはやがて「セカンド・サマー・オブ・ラブ」という大きなムーブメントに発展します。そのムーブメントの影響から、ストーン・ローゼス(The Stone Roses)、ハッピー・マンデーズ(Happy Mondays)、808state、KLFなどのアーティストたちが生まれます。その後現在に至るまで、クラブ・ミュージック、ダンス・ミュージックのみならず様々な音楽ジャンルやカルチャーに、このムーブメントは影響を与え続けています。

テーマにLGBTが盛り込まれている曲はたくさんありますが、ここではシンディ・ローパー(Cyndi Lauper)の大ヒット曲『True Colors』の歌詞を紹介します。シンディ・ローパー自身LGBTの権利擁護活動などに積極的で、〈あなたの本当の色を見せることをおそれないで / 本当の色は美しい / まるで虹のよう〉と歌うこの曲はLGBTのアンセムのひとつになっています。


手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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