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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.16『疾風怒濤精神分析入門〜ジャック・ラカン的生き方のススメ』

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!

さて、メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、16回目に取り上げるのは『疾風怒濤精神分析入門〜ジャック・ラカン的生き方のススメ』(片岡一竹著・誠信書房)です。今回の本もとてもわかりやすく説明されてはいるのですが、ここで書かれている考え方をすんなりと飲み込むには、こうした方面の知識が少ない方には最初戸惑いが生じるかもしれません。しかし、その「戸惑いが生じる」ということ自体がとても面白いと思い
ます。

ちなみにタイトルにある「疾風怒濤」とは「荒れ狂う嵐や波」そこから転じて「時代や社会が大きく変化する」という意味、そして18世紀後半のドイツの文学界で起きた、表現において理性に偏りがちだった風潮を批判し、感情や人間性を再度重視する文学革新運動の訳語でもありますが、本書の主張のひとつは、そのように荒れ狂う現代にこそ実は精神分析は必要である、ということです。

「精神分析」とは、ここで書かれている説明では「精神医学と臨床心理学のどちらでもないもの」ということになります。精神医学は名前の通り「医学」で、「精神を病んだ人」を現代では投薬を中心として様々な手段で「治療」を行います。

臨床心理学は、心理学には教育心理学や社会心理学、発達心理学など様々な分野がありますが、その中でも心理的なトラブルや異常を扱い、臨床実践を行う分野で、その目的は医学的な「患者の治療」ではなく「クライエントの援助」になります。一般的にイメージされるカウンセリングにあたります。そして、臨床心理士と精神科医は時に共同作業を行います。

では、精神分析がそのどちらでもない、とはどういう意味かというと、本書では以下のように説明しています。

しかし精神分析は症状を「異常」や「病気」とは考えず、したがって「健康(メンタルヘルス)」という概念もありません。ラカン的精神分析では疾病分類として神経症、精神病、倒錯(+自閉症者)という三つないし四つのカテゴリーを設けていますが、すべての人は神経症者、精神病者、倒錯者(+自閉症者)のどれかに分類され、「健常者」というものは存在しません。

つまり、どんな人であれ、いくばくかの狂気を持っていて、健康よりも狂気が本源的であり、健康の方がむしろ作られた状態である、というのです。そう言うと怪訝に思われる人もいるでしょうが、皆が根源的に何らかの狂人であるということは「健常者」に対して羨ましく思うこともなくなり、ある意味とてもフェアな考え方とも言えるのです。そうなると、重要になってくるのは「症状をなくして健康になることではなく、その人が自分自身納得できる<生き方>へと踏み出していくこと」になり、それが精神分析の目的になるのです。

そうしたことを出発点にしながら、精神分析についてわかりやすく説明していきます。精神分析は、現代の精神医学や心理学の発展によって、臨床現場では別の説明に取って代わられている部分があったり、本書でも触れられていますが、その歴史の過程で精神分析の女性論に対する問題点が指摘されていたりしますので、その辺りにはやや注意が必要になるかもしれませんが、現代の「生きづらさの正体を探る」「納得のいく生き方を探る」ためにはまだまだ有効なところがたくさんあります。自分の思考を広げるためにもおすすめの一冊です。

「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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