【連載】アーティストのためのカウンセリング入門Vol.16 アイデンティティとは?

アーティストが抱えている、アーティストならではの悩み。メンバーやスタッフに相談するのは気まずかったり、カウンセリングに足を運ぶことができないアーティストも少なくないんじゃないでしょうか? 同じように、アーティストを支えるスタッフや関係者においても、どうやって彼らをサポートしたらいいのかわからないという状況もあるかと思います。

そんなアーティストや彼らに関わる人たちに向けた連載がスタートです。

アーティストたちが抱える「生きづらさ」を探った書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』で、現役精神科医師の本田秀夫とともに創作活動を続けるためにできることを執筆した、産業カウンセラーでもある手島将彦が、カウンセリングについて例をあげながら噛み砕いて説明していきます。

アーティストが抱える悩みが解消される手助けになることを願っています。


Vol.16 アイデンティティとは?

前回の防弾少年団(BTS)の国連でのスピーチの話は、「アイデンティティの確立」ということにも通じる内容でした。

アイデンティティという言葉は、日本のミュージックシーンでもしばしば取り上げられています。例えばサカナクションはそのものずばりの「アイデンティティ」という曲を発表しています。

 

他にも椎名林檎、sumika、MO’SOME TONEBENDER、MY LITTLE LOVERなど、多数のアーティストたちが「アイデンティティ」というタイトルの曲をつくっていますし、歌詞の中であれば数えきれないほど使われている言葉です。

その「アイデンティティ」は、「自我同一性・自己同一性」とも言われますが、ここで心理学者であるエリクソンの考え方を見てみようと思います。

エリクソンは、アイデンティティとは「内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力が他者に対する自己の意味の不変性と連続性に合致する経験から生まれた自信」としています。

ちょっとわかりにくいので、かなり簡単に言うならば「自分らしさ」「自分が自分であること」で、それが何であるのか自覚を持つことが「アイデンティティの確立」です。

しかし、確立するためには様々な困難が伴います。

そのため、アイデンティティの拡散や混乱といった精神的危機に陥る危険性もあります。アイデンティティが拡散してしまうと、充実感を喪失してしまったり、他人と親密になれなくなったりしてしまうことがあります。

また、場合によっては「否定的アイデンティティ」を確立してしまうこともあります。

これは、自己を肯定的に受け入れられず、自分を無価値な者として否定的にとらえてしまい、それによって、反社会的行動をとったり、そうした考え方をしたりすることによって自己を主張するようになってしまうケースです。

ここでも「自己肯定感」が重要であることがわかります。(Vol.8『「I Love Myself」自己肯定感を持て! ケンドリック・ラマーのメッセージ』参照

この危機は、とくに子どもから大人へと変化していく青年期に起きやすいのですが、その後も人生の様々な局面で向かい合うことになる問題です。

成人期のアイデンティティ発達論やライフサイクル論の研究者である岡本祐子氏は、下の図のように、アイデンティティの危機と構築を、螺旋を描くように繰返しながらアイデンティティが成熟していくモデルを提示しています。

アイデンティティの拡散という危機は、環境や年齢の変化に影響されることがあります。

たとえば、学校などの進路を考えるときや、転職のときや、外国で生活をはじめたりしたときなどです。

そのため、青年期に確立されたアイデンティティがそのままずっと一生を通して一貫して存在し続けるというわけではありません。アイデンティティの感覚は、「一貫していくこと」と「絶えず変化し続けていくこと」とのジレンマに常にさらされていて、それにどう対応していくのか? ということが問題となるのです。

その問題を解消するためには、連載のVol2で取り上げた「自己一致」とも似ていますが、その都度自分のあり方を見つめ直して、アイデンティティを再確立させていくことが必要になります。

また、人は成長するにしたがって、職業の選択や配偶者・パートナーの選択など、数多ある選択を突きつけられることになります。それは、アーティストがなにかを表現しようとするときにも、たとえば「このやり方でいいのだろうか?」「どちらの表現方法が良いのだろうか?」など、様々な形で現れてきます。

こうした選択肢はとても数多く、可能性はどこまでも広いのですが、その中からひとつだけを選びとり、決定しなければなりません。

これには明確な「正解」はありません。「自分にとっての答」があるだけです。

そのため、他の人はどうであれ、自分はこういう人間だから、これを選ぶのだ、という選択になります。その根底には自我同一性=アイデンティティが必要です。つまり、アーティストの創作活動においてもとても重要な要素なのです。

ちなみに、冒頭のサカナクションの「アイデンティティ」の歌詞にも、最初は〈アイデンティティがない〉〈隣の人と自分を見比べる〉と言っていたものが〈時を経て〉〈見えなかった自分らしさってやつが解りはじめた〉と歌われています。

槇原敬之の「どんなときも」では〈どんなときも僕が僕らしくあるために、好きなものは好きと抱きしめてたい〉と、アイデンティティの確立と自己肯定感が重要であることが宣言されていて、さらにそれは〈迷い探し続ける日々が答えになる〉と、アイデンティティの一貫性と変化のジレンマのことが自覚されていました。

 

また、BUMP OF CHICKENの「ダイヤモンド」では、〈やっと会えた 君は誰だい? あぁ そういえば君は僕だ 大嫌いな弱い僕を ずっと前にここで置き去りにしたんだ〉そして〈弱い部分 強い部分 その実 両方がかけがえのない自分〉と、まさにアイデンティティの危機を経てから確立するまでストーリーが歌われています。


Vol.1 レジリエントな人(回復性の高い)とは?
Vol.2 「俺の話を聞け!」〜『傾聴』が大事
Vol.3 「バンドをやめたい」と言われた!
Vol.4 うつ病と双極性障害
Vol.5 とにかく「休む」! 不安や絶望はクリエイティヴに必須ではない
Vol.6 「人はどこまで環境に左右されず意思決定できる?」
Vol.7「現在」と「事実」を重視、視点を変えてみる
Vol.8「I Love Myself」自己肯定感を持て!
Vol.9 睡眠は大切!不眠の悪循環から抜け出す方法
Vol.10 LGBTについて LGBTと音楽
Vol.11 発達障害(1)自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
Vol.12 発達障害(2)ADHD(注意欠陥・多動性障害)
Vol.13 発達障害(3)LD(学習障害)
Vol.14 発達障害(4)「個性と障害」
Vol.15 防弾少年団(BTS)の国連でのスピーチ

※「【連載】「アーティストのためのカウンセリング入門」は毎週月曜日更新予定です。

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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