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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.26『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』

StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.26『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、26回目は『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(マシュー・サイド著/ディスカヴァー)です。昨今よく言われるようになった「ダイバーシティ(多様性)」ですが、それを尊重するということが綺麗事でもなんでもなく、組織の知性を高め、より経済的にも発展させることができ、危機管理においても重要だ、ということを具体例を通じて示していきます。すべての事例が目から鱗が落ちるような気づきがあって面白いです。

ちょっとネタバレしてしまいますが、冒頭から「なぜCIAは911の同時多発テロを防げなかったのか?」という問題に迫っていくのですが、その答えは「CIAという組織に多様性がなかった」ということになります。いくら優秀な人材を集めても、そこに多様性がなければ視点や思考が偏って画一的になってしまい、多くの死角を生じてしまうのです。死角が多くなれば、当然見逃してしまう危機も増えてしまいます。こうしたことは、政治家や企業でも同様に起きます。逆に、多様性があることでうまくいった例として、サッカー英国代表技術諮問委員会のメンバーや、第二次対戦中の暗号解読チームのメンバーの選び方などが紹介され、どれもとても興味深く面白く読めます。

また、人のコミュニケーションは組織内のヒエラルキーの前ではうまく発揮されない場合があるということが、飛行機事故や山岳での遭難の事例等で説明されるのですが、この辺りもなんらかの組織に属している人皆が思い当たる節があるのではないかと思います。そしてこれもまた昨今しばしば取り上げられることの多くなった「エコーチェンバー」という、インターネット環境での偏りについても実際の事例をあげてわかりやすく解説されています。

そうしたことと共に、盲点だったなと個人的に強く印象に残ったのは「平均値の落とし穴」という章です。空軍の戦闘機のコクピットの設計にまつわる話が事例として紹介されるのですが、そこでは「平均値」に惑わされることによって、人間一人ひとりの多様性を見失ってしまい、結果として誰にとってもしっくりこない結果を見出してしまう危険性が説明されます。パイロットの身長体重などの平均値を出したとしても、体の各部分の実際の測定値が全て平均値の許容範囲に収まる人は4000人中で一人もいなかったのです。つまり「腕は平均よりも長いが、足は平均よりも短い、胸囲は大きいがお尻は小さい」などのケースが個々人によって違っているので、平均値に従って作られたコクピットは、誰にもピッタリ合うものではなくなっていたのです。これは、平均値を「ふつう」という言葉に置き換えてみても良いかもしれませんが、普段生活している社会の至る所にある落とし穴なのではないかと思います。

その他、全ての考察に実際の事例が紹介されていて、そのどれもがとても面白いです。多様性(ダイバーシティ)」という言葉にやや食傷気味になっていたり、ちょっと批判的にも感じていたりする人にもおすすめできる一冊です。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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