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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.28『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、28回目は『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(太田啓子著/大月書店)です。

昨今、映画産業などを中心に性加害報道が相次いでいます。ここでこれまでの問題をきちんと見直して、新しい常識を作っていくためにもぜひ読んでほしい本です。「男性批判の本なのではないか」と身構える人もいるかもしれません。もちろんこれまでに男性達が行ってきたことの問題点の指摘はありますが、僕は、むしろ男性を「有毒な男らしさ(Toxic Masculinity)」から解放して、より生きやすくするための提案だと思いました。もちろん、女性にとっても多くの気づきがある本だと思います。

「有毒な男らしさ(Toxic Masculinity)」とは、本書では次のように説明されています。

1980年代にアメリカの心理学者が提唱した言葉です(英語ではToxic Masculinity)。社会の中で「男らしさ」として当然視、賞賛され、男性が無自覚のうちにそうなるように仕向けられる特性の中に、暴力や性差別的な言動につながったり、自分自身を大切にできなくさせたりする有害(Toxic)な性質が埋め込まれている

そこには「意気地なしはダメ」「大物感」「動じない強さ」「ぶちのめせ」というような要素があり、弱音を吐かずに社会的な成功と地位を追求し、危機にも動じず、攻撃的で暴力的な態度もよしとしてしまいます。こうしたことが無意識にインストールされ、それがいわば「男らしさの呪い」のように働いてしまい、社会のジェンダーギャップのみならず、男性自身の生きづらさにも直結しているのです。「有毒な男らしさ」の結果として男性の自殺率が高くなっていることについて、以前にRolling Stone Japanでの僕の連載の「世界の方が狂っている」の「社会から受ける『男らしさ』というプレッシャー、助けを求められずに陥るアルコール依存」にも書きましたので、こちらもご参照ください。

また、表現やメディアに関わる人は「カンチガイを生む表現を考える」という章に書かれていることについて、真剣に考えるべきだと思います。「そもそもそれが性暴力である」という認識がまだまだ甘く、多くのカンチガイを生じさせている社会状況も踏まえて、「性表現」が悪いのではなく「性暴力を娯楽にする表現」が問題であるということを意識することは、これからのクリエーターにはとても重要なことです。

著者は「私が求めていることは、要約すれば、決して特別なことではないと思います。女性を人間として、ふつうに尊重すること。『男らしさ』を競うことをやめ、『男らしくない』人をバカにしないこと。自分の孤独や不安を、勝手に自分より『下』と決めつけた他人を貶めることで紛らわそうとしないこと。」と言います。僕はこれに全面的に賛同します。自分自身もう結構な年齢になってきましたが、次の世代のためにより生きやすい社会を渡すためにも、とても重要な提案の詰まった本だと思います。

また、この本でも取り上げられていましたが、特に日本では「包括的性教育」が必要です。以前この連載で紹介した『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』 (構成・文:上村彰子、監修:田代美江子、まんが&イラスト:大久保ヒロミ)(講談社)も再度あわせて紹介しておきます。

さらに、映画・エンタメ産業では制作現場での暴力的なパワハラも告発されているようですが、単純に「叱る」という行為が人を育てる上ではほとんど効果がないということを科学的に説明した『<叱る依存>がとまらない』(村中直人著/紀伊國屋書店)もぜひ参考にして、古いやり方から脱却した新しい常識を作っていってほしいと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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