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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.29『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、29回目は『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』(ターリ・シャーロット著/上原直子訳/白揚社)です。

イギリス心理学会賞を受賞しているこの本では、タイトルの通り、事実だけでは人の意見が変えられない数々の事例や研究が紹介されています。いわゆる陰謀論やフェイクニュース、頑な偏見などが飛び交う現代社会ですが、そうしたものに取り込まれてしまった人に対して説得しようとしてうまくいかなかった経験のある人もいると思います。実際にそうした体験がなくても、情報の渦の中にいる僕たちは皆当事者でもありますので、この本に書かれているようなことは皆意識しておけると良いと思います。

この本によると、人は自分が持っていた世界観(事前の信念)に合う情報を得たときだけその意見を変え、それを強化するような証拠は即座に受け入れますが、反対の証拠に対しては冷ややかに評価してしまう傾向があります。そして、現代人は常に相反する情報にさらされているため、時を経て情報が増えるたびにこの傾向は増幅し、両極化が進んでしまいます。また自分の意見を否定されると、まったく新しい反論を「思いついて」、もっと頑なになってしまう、ということもあります。

実際、インターネット上で自分の意見を裏付ける情報、反対にある意見の信憑性を失わせるデータや証拠を見つけ出すことがとてもたやすくなっています。矛盾するようですが、豊富な情報が得られることで、多様な視点を持つのではなく、自分の意見にもっと固執するようになるという皮肉な結果に陥ってしまっています。また、自分の意見を裏付けるデータばかりを求めてしまう傾向を「確証バイアス」とも言いますが、認知能力が優れている人ほど、情報を合理化して都合の良いように解釈する能力も高くなるため、かえって自分の意見に合わせてデータを歪めてしまう傾向がある、とも本書では指摘されています。

そうした、事前の信念に基づく人に変化を促すためには、著者は「間違いを証明しようとするだけではなく、共通点に基づいて話をすることで、相手の行動に影響を与える」方法を勧めています。たとえば、ワクチンは自閉症の原因ではないということは科学的に証明されていますが、それを信用せずワクチンを拒否する親に、いくら科学的な証拠を示しても、その考えを変える事は難しいことです。しかし、「ワクチンが命に関わる病気から子どもを守れる」ということを伝えることは「子どもの健康を維持したい」という目的が共通するため、意識の変化が生じやすくなる、というような方法を著者は提示しています。

様々な情報が飛び交う現代では、自分の「事前の信念」や「確証バイアス」がいかに強固で、客観的な視点を持つことを難しくしているかを自覚し、その上で、皆がより良く生きていくという共通点を共有して、正しい方向に社会を変えていくことが大切なのだと思います。この本はそのための知識と心構えを得るためにもお勧めです。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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