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StoryWriter

アーティストが抱えている、アーティストならではの悩み。メンバーやスタッフに相談するのは気まずかったり、カウンセリングに足を運ぶことができないアーティストも少なくないんじゃないでしょうか? 同じように、アーティストを支えるスタッフや関係者においても、どうやって彼らをサポートしたらいいのかわからないという状況もあるかと思います。

そんなアーティストや彼らに関わる人たちに向けた連載がスタートです。

アーティストたちが抱える「生きづらさ」を探った書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』で、現役精神科医師の本田秀夫とともに創作活動を続けるためにできることを執筆した、産業カウンセラーでもある手島将彦が、カウンセリングについて例をあげながら噛み砕いて説明していきます。

アーティストが抱える悩みが解消される手助けになることを願っています。


本連載をまとめた書籍が発売中!

■書籍情報
タイトル:なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門
著者名:手島将彦
価格:1,500円(税抜)
発売日:2019年9月20日(金)/B5/並製/224頁
ISBN:978-4-909877-02-4
出版元:SW

自らアーティストとして活動し、マネージャーとしての経験を持ち、音楽学校教師でもある手島が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスに関しての基本を語り、どうしたらアーティストや周りのスタッフが活動しやすい環境を作ることができるかを示す。また、本書に登場するアーティストのプレイリストが聴けるQRコード付きとなっており、楽曲を聴きながら書籍を読み進められるような仕組みとなっている。


Vol.22 まず「人」のことを考えよう

CD等のパッケージを売る、あるいは音源をダウンロードしてもらう等の「楽曲を買ってもらう・リスナーに所有してもらう」という音楽産業の基本構造は、違法ダウンロードやYou Tubeを中心とした動画共有等の影響によって崩れ、SpotifyやApple Music等のストリーミング・サービスによる、「音楽にアクセスする」モデルに変容してきています。

また、レコード会社やレーベルは360度ビジネスという、「なんでもやる」ビジネスへと転換しはじめています。90年代日本の、いわば「音楽バブル」のような時期は完全に終焉し、2000年以降のアーティストたちが置かれている状況は、年々、厳しさも伴ないつつ大きく変化をし続けています。

そういう状況の中、「こうやれば売れる」「これからのアーティストにまつわるビジネスモデルはこれだ」というような話が様々なところで語られるようになりました。

産業の大きな変革期には、それは重要なテーマではあります。

しかし、どのようにやれば上手くいく(売れる)のか、ということを正確に予測するのはとても難しいことです。それは、ある程度狙うことはできるにせよ、結果論としてうまくいったと言えた、あるいは「その人にとっては」うまくいく戦略で、必ずしも普遍的ではない、ということも少なくありません。

しかし、ひとつだけ確実に言えることがあります。それは、社会や産業や科学技術の変化は、必ず人のあり方に影響を与え、それは間違いなく精神的な部分に「良くも悪くも」作用する、ということです。

古くは、この連載のVol.17でとりあげた産業革命やフランス革命、そして最近では、日本においてはバブル崩壊やリーマン・ショック、大震災、原発事故など、なにか大きな変化が起きるたびに、人々のメンタルも大きく影響されてきました。

それはアーティストも例外ではありません。

アーティストが置かれている状況が大きく変化する中、「なにがうまくいく方法か」はわかりませんが、間違いなく「アーティストのメンタルは影響を受ける」のです。

昨今は、システムや戦略の話ばかりがとりあげられがちですが、まず、大切なことは、ひとりひとり違う存在である人間が、それぞれ、自分を尊重して生きていくこと、また尊重されて生きていけることだと思います。

この連載を通して、自分のメンタル面との向かい合い方というものに、ひとりでも多くのアーティストや、それに関わる人たちに考えてもらえたら嬉しく思います。

また、個人の尊重ということでは、最近は「ダイバーシティ」という言葉もよく言われるようになりました。これは、様々な違いを受入れ、認めて、活かしていく、ということです。

「このようにあるべき」というような、画一的なものを強要するのではなく、各自の個性を生かし能力を発揮できるような環境・風土を作り上げていくことで、カウンセリングの基本姿勢とも通じます。

これは、アーティストにとっても産業にとっても大事なことですし、これからの時代にとても重要なことだと思います。

しかし、そのような動きとは正反対に、多様性というものを否定するような大きなうねりが世界に生じてしまっていることも事実です。そうした現状をいかに乗り越えていくのかが、今後の課題のひとつとも言えるでしょう。

LADY GAGAの大ヒット曲「Born This Way」では、貧富や人種の違い、様々なジェンダー・アイデンティティなどをとりあげ、「あなた自身を喜び、愛そう
なぜなら あなたはそのように生まれたのだから」と「ダイバーシティ」と「自己肯定感」(Vol.8参照)の大切さが力強く歌われています。

 

 

この連載で僕自身が感じたことは、「いろんなことと音楽はつながっている」ということでした。

すべての回でなんらかの楽曲を紹介してきましたが、音楽に限らず、アートは一足先に何かを知らせてくれたり、時代を表現してくれたりする力があるのだと思います。

この連載がひとつのきっかけとなって、アーティストがより生きやすくなり、良い作品を創ることができるようになることはもちろんですが、アーティストやアートの存在を通して、多くの人の人生が少しでも豊かになれば幸いです。

最後に、超有名な曲を紹介して、ひとまずこの連載の区切りとしたいと思います。

それはジョン・レノンの「Imagine」です。

ただし、ここで紹介するのは、アメリカの人気ドラマ『glee』でのバージョンです。

『glee』は高校の合唱部(グリークラブ)の物語ですが、実に多種多様な人物が登場します。その中で、合唱の対戦相手に、ろう学校のチームが登場する回がありました。その時の、ろう学校の生徒たちが歌うバージョンです。手話を交えて表現されるこのバージョンは、とても説得力があり、この楽曲の素晴らしさを証明するものでもあると思います。

 

しかし、実は「Imagine」という曲自体、歌詞の〈天国は存在しない〉という部分や〈宗教もない〉という部分が、強い信仰心を持つ人々からは批判されています。物事の受け取り方や考え方は、そのように多様だということでしょう。

それを事実として受け入れて、(Vol.2「無条件の肯定的配慮」参照)、その上でどのように折り合いをつけていくのか? ということを、その都度考えて行くということが大切なのでしょう。

そしてそれは、今は〈夢想家の言うようなこと〉なのかもしれませんが、それでも少しずつ積み重ねて行くべきことなのだと思います。


Vol.1 レジリエントな人(回復性の高い)とは?
Vol.2 「俺の話を聞け!」〜『傾聴』が大事
Vol.3 「バンドをやめたい」と言われた!
Vol.4 うつ病と双極性障害
Vol.5 とにかく「休む」! 不安や絶望はクリエイティヴに必須ではない
Vol.6 「人はどこまで環境に左右されず意思決定できる?」
Vol.7「現在」と「事実」を重視、視点を変えてみる
Vol.8「I Love Myself」自己肯定感を持て!
Vol.9 睡眠は大切!不眠の悪循環から抜け出す方法
Vol.10 LGBTについて LGBTと音楽
Vol.11 発達障害(1)自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
Vol.12 発達障害(2)ADHD(注意欠陥・多動性障害)
Vol.13 発達障害(3)LD(学習障害)
Vol.14 発達障害(4)「個性と障害」
Vol.15 防弾少年団(BTS)の国連でのスピーチ
Vol.16 アイデンティティとは?
Vol.17 2つの革命と音楽の関係
Vol.18 アメリカの発展とジャズ&ブルースとカウンセリング
Vol.19 これからの音楽業界が考えなければならないこと
Vol.20 フロイトから繋がるカウンセリング理論の5系統
Vol.21 精神科医とカウンセラー、サイコセラピーとカウンセリングの違い

※「【連載】「アーティストのためのカウンセリング入門」は毎週月曜日更新予定です。

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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