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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.32『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、32回目は『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(松本俊彦編・日本評論社)です。

前回紹介した『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』と同じく精神科医の松本俊彦氏による編著です。「自殺」という極限の選択に限らず、虐待、貧困、いじめ、性被害、依存症など、さまざまな危機に直面している人が、大事に至る前に「助けて」と言えないということは多々ありますが、それに対するそれぞれのフィールドの専門家たちによる考察と提案が集められています。

誰かに助けを求められる能力のことを「援助希求能力」と言います。昨今ではこの能力を高めようという動きもあります。実際、自殺リスクの高い人などはこの能力が乏しいことも多く、人に相談したり助けを求めたりする代わりに自傷行為を行って生き延びているという例も少なくありません。

ただ、本書では「もし誰かの援助希求能力が乏しいとするならば、そこにはそうなるだけの理由がある」ということが再三強調されます。助けを求めたいという気持ちがあったとしても、それによって偏見や恥辱的な扱いにさらされる、コミュニティから排除されたりするのではないかという恐れを社会や周囲の人間が抱かせているなどの可能性、あるいは成育歴上で、社会に対する信頼を持てなくなっていたり、自分自身の価値を見いだせなくなっていたりするのではないか、ということを考えなければなりません。つまり、「助けて」と言ってもらうためには、社会や周囲がそれを言えるような雰囲気でなければならないし、援助希求能力を育めるような環境でなければならない、ということです。

また、本書の中で熊谷晋一郎氏は、「弱さをオープンにして『助けて』と言う義務が個人の側にあるといった新しい自己責任論になってしまいます」と言っています。そして、岩室紳也氏は「実は『助けて』と言えないうちに助けてもらっている関係ができあがっていることが重要なのではないかということです。つまり、気がついたらつながっている関係性、依存先の存在が大事だと思うのです。残念ながら、今の世の中はそうなっていなくて、歪んだ自立や、独り立ちを強要する社会になっているのではないでしょうか。」と警鐘を鳴らしています。

こうした考え方は、意外と盲点となっているのではないでしょうか? 悲劇的なことが起きるたびに、「なぜ相談してくれなかったのか?」という嘆きの声が上がります。しかしその問題を解決するためには、どうしてそうなってしまったのかを理解することがとても重要なのでしょう。そもそも自立するということは、上手に他人や社会に頼れるようになるということでもあります。そうしやすくなる社会を作って皆が生きづらさを減らしていくためにも、本書に取り上げられている様々な事例や考察はとても重要だと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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