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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.34『管理される心〜感情が商品になるとき』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、34回目は『管理される心〜感情が商品になるとき』(A.R.ホックシールド著/石川准・室伏亜希訳/世界思想社)です。

社会学者のA.R.ホックシールドは、「肉体労働」と「頭脳労働」に加えて「感情労働」という概念を提示します。典型的な例としては、客室乗務員(CA)や看護士、介護士などがあげられます。こうした職業では、相手(客)に「もてなされている」「親切にされている」「安心感」などの適切でポジティブな精神状態をもたらすために、自分の感情と感情表現をコントロールします。ミュージシャンや芸能人などもこの「感情労働」に属すると言えるかもしれません。これらの職業に限らず、モノやサービスが大量に溢れている現代社会では、競合との違いをアピールする付加価値としても、この感情労働が要求されるケースが増えています。

著者は感情労働を行う労働者の3つのケースとリスクを提示しています。第1に、一心不乱に仕事に献身し自分の感情を偽っていることに無自覚で、その結果として燃え尽き症候群に陥ってしまうケース、第2に、自分自身を職務と切り離し、それによって燃え尽きの可能性は少ないが、自分は演技をしていて不正直だと、自分の矛盾を非難するケース、第3に、自分の職務は演じる能力が必要だと考え、同時に「ただ夢を売っているだけだ」と皮肉な考え方になってしまうケースです。いずれにおいても、やはり感情労働はストレスをもたらします。

こうした感情管理は男性も女性も行ないますが、特に女性は社会的な構造の問題から、感情労働をより強いられる傾向にあるとホックシールドは指摘します。女性は様々な資源(特に経済的な面)に関して男性よりも不利な条件下に置かれているため、自分の感情からつくり出した資源を男性に贈り物として提供し、その見返りとして資源を獲得しなければならないこと、幼児期から家庭の中で学習させられ、攻撃性や怒りの感情を克服するよう求められること、従属的な立場に置かれているため、他人からの言われのない感情表出に対して無防備になりがちであること、性別間の権力格差の帰結として、性的魅力や美しさ、対人関係の技術等を防衛手段として従属に対処していること、などが原因となります。

この感情労働は根本的にストレスを生じさせる労働ですので、具体的な対策としては過度にストレスを溜めない、適度にストレス解消を行う、ということしかないのですが、そのためには周囲の気づきや、相談しやすい環境づくりが必要になります。メンタルヘルスの改善には、やはり社会や周囲の理解と、メンタルに関することが話しやすい環境づくりが大切なのでしょう。そして現代社会に生きる個人も、自分の感情を商品化しすぎていないか、時には立ち止まって考えてみることが必要なのだと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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