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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.39『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス』

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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.39『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、39回目は『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』(川上憲人著・大修館書店)です。

この本は、職場、つまり働く人のメンタルヘルスに関する基礎知識と対策について実践的に紹介していて、管理職・管理監督者、総務部や人事部の担当者に向けて書かれていますが、そうした立場ではない人にとっても知っておきたい知識の詰まった本です。サカナクションの山口一郎さんが「燃え尽き症候群」で休養を発表したり、BTSも同様に休養を宣言したりする昨今、音楽・エンタテイメント産業においても、ますます「働く現場・環境でのメンタルヘルスの維持」は重要なテーマになってきていると感じます。

本書では、メンタルヘルスケアが労働者・企業双方に大事で、生産性にも直結していることにも触れ、具体的な法律、メンタルヘルスの基礎知識と仕事との関係、相談対応や職場復帰に関する具体的なやり方、会社内での体制づくり、ハラスメント対策、など、現代の労働環境をめぐるさまざまな問題に対して具体的な指針を示してくれます。

そしてこの本の主張の大きく、重要な特徴のひとつは「ポジティブなメンタルヘルス」に注目している点です。

日本ではこれまで、たとえばうつ病やストレスなどのネガティブなメンタルヘルスの問題に対応することが対策の中心でした。しかし、近年ではポジティブなメンタルヘルスを増進することの重要性が指摘されるようになってきています。アメリカ心理学会会長であったマーティン・セリグマン博士が提唱した「ポジティブ心理学」では、幸福感が高い人は健康で長生きであることや幸福感が脳や体の機能に良い影響を持つことから、労働者がポジティブな気持ちを持てることが重要であると主張しました。そしてオランダのシャウフェリ教授は「ワーク・エンゲイジメント」の重要さを説きます。これは仕事にやりがいや誇りを感じ、仕事から活力を得て生き生きとしている状態のことを意味します。

つまり、これまでは「燃え尽き」というマイナスをどうやってひとまずゼロに戻すか、ということばかりに注目してきましたが(もちろんそれも重要なことなのですが)、心理学の理論を踏まえて、プラスをいかにして増やせるか、という視点も加わってきたのです。この視点は、今、メンタルに不調が現れている労働者だけでなく、そうではない労働者も含めて全員が対象になるというメリットもあります。

日本ではまだ多くの企業でメンタルヘルスに対する意識やシステムが形骸化していたり、小さな事業所ではそれに対応する余裕がなかったりする現状があるかもしれません。しかし、働くということとメンタルヘルスの関係と基本的な知識を共有するだけでも、できるところから少しずつでも改善していけると思いますし、中長期的には生産性も上がっていきますので、本書などを通じて一度確認してみることをおすすめします。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

 

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