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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.42『精神医学の近現代史〜歴史の潮流を読み解く』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、42回目は『精神医学の近現代史〜歴史の潮流を読み解く』(小俣和一郎著・誠信書房)です。

タイトルの通り、精神医学と臨床心理学の歴史と成り立ちの背景について書かれているのですが、あまり真正面から語られることのなかった負の側面にも切り込んでいっている本です。

まず、精神医学の歴史には、精神病の原因をめぐって「脳の疾患であると考える生物学的精神医学」と「心理的な原因を重視する心理学的精神医学」の2つの大きな流れがあります。過去の偉大な学者であげると、前者はクレペリンら、後者はフロイトらが挙げられます。これらはあまり統合されることなく経過していくのですが、その背景にはヨーロッパの思想的・哲学的対立もあります。例えば、唯物論と唯心論、啓蒙主義とロマン主義、などですが、そうしたことも視野に入れて精神医学の歴史を分析していきます。

また、「精神医学と優生学」との関係も大きなテーマのひとつです。先述の「生物学的精神医学」の潮流と優生学とは関係が深くありますが、この関係はタブー視されていたこともあり、戦後あまり正面から語られることがなく、その結果として日本では「優生保護法」が長く残ってしまう原因にもつながってしまいます。2019年には日本精神神経学会は、多くの障害者に不妊手術を強制した旧優生保護法の立法や手術に関わったとして、自己検証に乗り出したのですが、精神医学の歴史を見ていく上で、こうしたところにも目をむけているのが本書の大きな特徴のひとつと言えます。

そして、「反精神医学の歴史」についても述べられています。「反精神医学」とは、説明するのが少し難しいのですが、「反精神医学とは、一言でいえば、伝統的正統的主流的精神医学の狂気観に対する根本的な異議申し立てである。つまり伝統的精神医学が19世紀以来身体医学の枠組みや概念をそのまま踏襲し、『狂気と正気』の問題を純医学的立場から考察し、狂気イコール疾患とみなしつづけてきたとしての異議申し立てである」(*)ということです。本書ではミシェル・フーコーの「近代精神医学はたしかに患者を鎖から解放したが、その後には道徳的懲罰という目に見えない鎖で再びがんじがらめに縛り付けてしまった」という言葉を引いています。この「反精神医学」についても、これまで精神医学史では正面から記述されてこなかったものですが、精神医学の歴史を見ていく上で避けて通れないものとして、本書ではしっかりと取り上げられています。

精神医学、臨床心理学の成り立ちについて興味のある人はもちろんですが、これからのこの分野の発展を考える上でも、非常に示唆に富んだ書だと思います。

(*)参照
「1970年代日本の精神医療改革運動に与えた『反精神医学』の影響」障害学会第6回大会・報告要旨(阿部あかね / 20090927)


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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