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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』

StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、43回目は『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』(E.F.ロフタス+K.ケッチャム著・仲真紀子訳・誠信書房)です。

この本は、400ページ越えのボリュームな上に、僕が購入した当時は3,800円でしたが、あらためて出版社のHPで見てみると5,830円、写真の僕が持っている初版本は古書で結構な金額で取引されているようで(この文章を書く際に調べてみて初めて知ってびっくりでした)、そういう意味では気軽にお勧めできない本です。しかし、心理学関係に関心を持つ人はもちろんですが、警察官、検察官、弁護士、裁判官など、その他なんらか事実を取り調べる機会のある人には、ぜひ知っておいてほしい内容です。

まず「日本語版への序文」から引用します。

一九九〇年の初頭、私が『抑圧された記憶の神話』に取りかかった頃、アメリカでは大きな論争が起きていました。多くの家庭で次のような事態が起きていたのです。問題を抱え、うつ、不安、または神経過敏を訴える人が、カウンセラーに助けを求めます。するとしばしば最初の面談で、カウンセラーがこう尋ねます。「ありとあらゆる兆候が出ていますね。あなたは子どもの頃、虐待されたのではないですか?」。たとえ彼女が否定しても、問題の背後には虐待があると、強く信じ続けるカウンセラーがいます。そして度を超えた「記憶作業」が行われることもあります。年齢退行、身体記憶の解釈、暗示的な質問、誘導による視覚化、夢を性的に解釈すること、侵入的なアミタール面接、その他諸々の疑わしい技法です。

カウンセラーによる上記のような介入によって、実際は虐待を受けたとことがないのに、受けたと信じてしまい、そうした人の中には訴訟を起こし、結果として無実の家族が破壊され、時には罪に問われてしまうという事態が頻発したのです。

そこで作者は、「記憶を丸ごと移植できるのか」ということを実験します。具体的には「子どもの頃ショッピングセンターで迷子になり、怖かったけれども、最後は老人に助けられて家族と再会できた、という暗示を与える」というものです。結果として、なんと成人被験者の4分の1は、まったく経験のなかったはずの偽りの記憶の体験を想起したのです。そのほかにも多数の実験と研究によって、記憶の可変性が明らかになってきました。

日本では、先述したようなカウンセラーの不当な介入による事件はあまり発生していないようにみえます。しかし、昨今注目されている、カルト的宗教団体によるいわゆる「洗脳」には近いものを感じますし、自分達の記憶や意志は、他者によって改変させられてしまう脆弱性があるという自覚は持っていた方が良いと思います。

著者のE.ロフタスさんのTED Talksもあり、日本語訳もなされていて、この本に書かれていることをダイジェストで知ることもできます。今回は特に、なかなか本には手が出ない方も多いと思いますので、こちらもお勧めしておきます。

 

最後に、注意点として「読者の方々へ」に書かれている文を引用しておきます。

最後に、私たちは有能で献身的な多くのカウンセラーの仕事を高く評価し、また尊敬の念を抱いていることを記しておきたいと思います。彼らは近親姦や性的虐待の被害者が、後遺症や外傷体験の長期に続く記憶を乗り越えることができるようにと力を尽くされております。本書の目的がカウンセリングを攻撃するものではないこと、そうではなくて、カウンセリングの弱点を示し、問題を抱えてカウンセリングの扉をくぐる者によりよい助けを提供できるよう示唆するものなのだということをカウンセラーの方々には理解していただければと思います。(省略)また、読者の方々には、本書が子どもへの性的虐待、近親姦、暴力などの現実やその恐怖を否定する者ではないことを、心にとめておいていただけるようお願いしたいと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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