watch more
StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、45回目は『こんなとき私はどうしてきたか』(中井久夫著・医学書院)です。

著者の中井久夫氏は8月8日にお亡くなりになられたばかりですが、日本の精神医学において多大な功績を残された方でした。阪神大震災が発生した時には、全国から集まった精神科医や看護師をまとめ、救護所や避難所などを巡回し、被災者のケアを行い、被災後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)などにも長期的に対応するために、兵庫県こころのケアセンターの設立に動き、初代センター長も務められました。

また、一方ではギリシャの詩人の詩を翻訳した『カヴァフィス全詩集』では読売文学賞を、エッセーの『家族の深淵』では毎日出版文化賞を受賞するなど、多才な方でもありました。氏の著作はとてもたくさんあって、僕は全く網羅などできていないのですが、この本は精神科病院で看護師さんたちに向けて行われた講義をまとめた形で、話を聞いているように読めてとてもわかりやすいので紹介したいと思います。

いくつも書き留めたくなる言葉やエピソードがあるのですが、例えば次のような一節があります。

「治るということは病気になる前に戻るということじゃないんだ」

続けて「病気の前というのは、これから病気になるという“病気の種子”がある状態で、不安定で危ういところがあったと思うがどうだろう?」と氏は問います。そして「治る」ということは「見栄えは二の次で、病気の前よりも安定してゆとりのある状態になること」と言います。こうしたことは、意外と盲点になっているように思います。

また、後書きに書かれていることなのですが、「こころのバランスを取り戻してから8ヶ月は『壁を塗った生乾き』状態だと思って、万事控えめ、八分目でお願いしたいのです」という言葉も、その喩えのわかりやすさも含めて、多くの人に気に留めておいてほしい言葉だと思います。他に、患者さんから暴力を振るわれた時にどうするのかなど、シリアスな問題も取り上げられていて、具体的な対処法や、暴力に対する考察もとても興味深いものがあります。

そして、この本のユニークなところは、「精神保健いろは歌留多」という付録があることです。例えば「ち ちりも積もればある日爆発」とか「う うれしいことも疲れる」といった具合です。前者は「些細なうっぷんや不満でも、自分でも意外に思うような暴発を起こしたりするから気をつけよう」、後者は「つらいことはむろん疲れる。だけど、楽しいことも疲れるということを計算に入れておこう」というような意味です。あと他に「す スパイスだけで料理はできない」や「し 幸せは意地からは来ない」などもユーモアと共に真理をついているなあと感じます。医療従事者だけでなく、得られることの多い本だと思います。

 


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

PICK UP