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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.46『教室マルトリートメント』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、46回目は『教室マルトリートメント』(川上康則著・東洋館出版社)です。

「マルトリートメント」とは「不適切な関わり」という意味で、世界保健機構(WHO)では特に子どもに対しては「チャイルド・マルトリートメント」という表現で「18歳未満の子どもに起こるあらゆる種類の身体的・心理的・性的虐待とネグレクト、商業的またはその他の搾取を行うこと、さらに責任、信頼または権力の関係の文脈において、子どもの心身の健康・発達・対人関係などに害をもたらすこと」と定義づけています。日本でのいわゆる児童虐待などよりもかなり広い範囲での「不適切なかかわり」が対象となります。この本のタイトルになっている「教室マルトリートメント」という言葉は著者による造語ですが、教室という独特な空間に生じる「不適切な関わり」が、子どもの心をいかに傷つけ壊してしまっているか、またそれを防ぎ、改善していくためにはどうすれば良いのか、特別支援学校主任教諭であり、公認心理士、臨床発達心理士でもある著者が丁寧に説明していきます。

「児童虐待」と言うとき、それは先述のWHOの定義にもあるように主に「①身体的虐待②性的虐待③ネグレクト④心理的虐待」を指します。このうち①は「体罰」として、②は「わいせつ行為」として、違法行為であると判断されますし、そうであることが社会一般でも知られるようになってきました。しかし、③と④に関しては処分の対象にはなっていないため見落とされがちで、しかし、子どもに多大な影響を与えてしまうことに注意が必要です。

③のネグレクトに類似した指導には「励ましや賞賛などをしない」「特定の子の氏名を避ける」「合理的配慮を行わない」「『勝手にすれば』「さよなら」等の見捨てる言葉」など、④の心理的虐待に類似した指導には、「威圧的・高圧的な指導」「子どもが自信をなくすような強い叱責」「子どもの人格を尊重しない言動」「子どもの主体的な行動を妨げるような指導」などが当たります。これらは「違法ではない」かもしれませんが、「不適切な関わり」であり、また見過ごされてしまいがちなことです。特に「叱る」という行為の有害さは、以前この連載のVol.20で紹介した『<叱る依存>が止まらない』ととても共通するところがありますので、ぜひこちらもあわせてご一読いただければと思います。

また、本書ではこれも著者の造語による「こじらせ教師」という言葉が出てくるのですが、そのセルフチェックリストは、教師に限らずなんらか指導的・支援的立場、そして権力的に上の立場にいる人には必要なチェック項目のように思います。

□視野が狭く、自分のものさしや主観だけで物事を判断する
□内面に不安があってもそれを認めず、むしろ強気な態度などで隠そうとする
□「子どもたちに○○させる」という表現をよく使う
□「私の意見は間違っていない」「なぜ周囲は理解しないのか」と思うことがしばしばある
□物事を素直に受け止められず、他者のマイナス点をつい指摘してしまう
□皮肉や嫌味を含んだ発言をしてしまう
□無自覚のうちに大きな声や足音で周囲を威嚇している
□周囲から気を遣われているのを感じる

9月になり新学期が始まった学校が多いと思いますので、このタイミングでいろんなことを見直すためにも、とても良い本だと思います。

ただ一点だけ、本書では全体の中では少しだけで詳しく解説はされていないのですが、「『愛着障害』についてもっと注目すべきだ」との意見が見られます。この「愛着障害」に関しては、非常に重要なことであると同時に、昨今では拡大解釈されて誤解を生じてしまっている面もありますので、もしこの本から「愛着障害」について興味を持たれた場合には、『支援のための臨床的アタッチメント論』(工藤晋平著・ミネルヴァ書房)などの、専門家による本や解説から確認されることをお勧めします。

 


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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