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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.48『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、48回目は『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』(井出正和著・金子書房)です。

これまでに自閉スペクトラム症(ASD)に関係する書籍は何度か紹介してきましたが、あらためてごく簡単にその特徴や一般的に広まっているイメージをあげると、「空気が読めない」「双方向の対人関係が苦手」「特定のことに強い関心やこだわりがある」などでしょうか。

ところが、そうしたこと以外にまだ一般的に認知されているとは言えない特性に「感覚の問題(過敏・鈍麻)」があります。2017年のアメリカでの調査によると、ASD児の約92%程度が感覚の問題を一定基準以上経験しているのだそうです。どのような問題かという具体例の一部を本書からあげると「過敏があって光が目に突き刺さるように痛い」「教室の中でいろんな音が反響して頭が割れそうだ」「洋服の素材が肌にこすれるだけで激痛が走る」などです。本書は、こうした感覚の特性が「勘違い」や「わがまま」などではなく、脳の機能に由来しているということを科学的な根拠から丁寧に解説していきます。

その解説の内容に関しては、ここではとても紹介しきれませんので、ぜひ実際に読んでみていただきたいのですが、私たちの感覚というものが、脳のどのような働きに基づいて生まれているのかを学べるという意味でも、ASDという観点からだけでなくとても面白いです。また、本書のカバーをはじめとして、紹介されているASDのアーティストによる絵画がどれも素晴らしいです。

そして、様々な研究から明らかになってくる多様な感覚の世界を通して、著者は次のように提案します。

多数派の感覚特性に合わせて設計された社会環境が、ASD者も含んだ社会環境に再設計されることが期待されます。そんなことはおよそ実現可能には思えない「絵に描いた餅」のように感じられるかもしれません。ただ、そもそも定型発達者の人たちもまた、共同体意識によってつくりあげられた実在しない“平均”に合わせて設計された環境の中、ズレている自分の個性を少しずつ潰し、ある程度の苦痛に耐えながら適応的な存在としての自分を保っているのではないでしょうか。個人個人のちがいを潰す必要のない社会を目指して変わっていけば、障害をもつ当事者だけでなく、平均に合わせて行動することが当たり前になっていた多数派の人たちにとっても望ましい環境になるのではないでしょうか。

この意見には、以前この連載のVol.26『多様性の科学―画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』紹介した1940年代の米空軍のエピソードを思い出しました。当時戦闘機に事故が相次いだため、その原因を調査したところ、コクピットがパイロットの体格にあっていないことが一因とわかります。そこで米空軍はパイロットの体格の平均値を出して、それに合わせて再設計しようとしました。ところがこれに1人の中尉が異を唱えます。彼は、4,000人以上のパイロットの身体測定のデータを分析して平均値を出して、その平均値の数値とパイロット全員の体格を比較してみました。

すると、その数値にピッタリ一致する人間はただの1人もいなかったのです。つまり「腕は平均よりも長いが、足は平均よりも短い、胸囲は大きいがお尻は小さい」などのケースが個々人によって違っているので、平均値に従って作られたコクピットは、誰にもピッタリ合うものではなくなっていたのです。そこで「コクピットは『平均値の人間』ではなく、一人一人すべてのパイロットに合わせて作られるべき」となり、位置調節機能が搭載されました。その結果事故を激減させることができたのです。

人はそれぞれ多様な存在であり、その「事実」を正しく理解すること、そしてどうしても多数派に偏りがちな社会のつくりを、少数派も含めて皆にとって望ましい環境にしていくことが大切なのだとあらためて思います。

※こちらで序文が読めます。

2022年8月刊行『科学から理解する 自閉スペクトラム症の感覚世界』(井出正和/著)
<書籍の序文をまるっと無料公開>
https://www.note.kanekoshobo.co.jp/n/n8f0efefe6236


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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