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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.51『こころの処方箋』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、51回目は『こころの処方箋』(河合隼雄著・新潮文庫)です。

河合隼雄(1928―2007)は1952年京都大学理学部卒業後、アメリカ留学を経て、スイスユング研究所で日本人として初めて、ユング派分析家の資格を取得、その後、国際箱庭学会や日本臨床心理士会の設立等、国内外におけるユング分析心理学の理解と実践に貢献、2002年2月から2007年1月までは文化庁長官も務めた人物で、専門とする臨床心理学のみならず幅広く文化に関連した著作を残しています。あまりに膨大なので僕はごく一部しか読めていないのですが、その中で、臨床心理学に関することだけでなく、生きていく上で助けとなってくれるかもしれない考え方が、とてもわかりやすく書かれたこの本を取り上げてみました。

1992年に出た本ですので、取り上げる事例や表現に、現代ではやや違和感があったり、古いと感じてしまったりするところもほんの少しありますが、全体を通して伝わってくることは、今でもとても大切なことだと感じます。

まず第1章から「人の心などわかるはずがない」とはじまります。これは自分自身、カウンセラーとしてとてもよくわかる話です。河合氏はこう語ります。「一般の人は人の心がすぐわかると思っておられるが、人の心がいかにわからないかということを、確信をもって知っているところが、専門家の特徴である」「『心の処方箋』は『体の処方箋』とは大分異なってくる。現状を分析し、原因を究明して、その対策としてそれが出てくるのではなく、むしろ、未知の可能性の方に注目し、そこから生じてくるものを尊重しているうちに、おのずから処方箋も生まれでてくるのである」。この辺りは、対人関係においても頭の片隅に置いておくと良い考え方かもしれません。相手のことを「わからない」「簡単に決めつけられない」と思うと、それまで見えていなかったものが見えてくることがあります。

他にも「100%正しい忠告はまず役に立たない」「『理解ある親』をもつ子はたまらない」「ものごとは努力によって解決しない」など、タイトルだけでも気になってしまいます。その中でも個人的には「『耐える』だけが精神力ではない」という言葉が、特に腑に落ちました。

「精神力」という言葉を使うとき、それが単に「いかに耐えるか、耐えられるか」ということと同義のように使われることが多いと筆者は指摘します。確かに実社会で「精神力が強い」とか「精神力を鍛える・高める」などというときに、それは「耐える力」を要求しているだけのことが多いように思います。よくよく考えてみたら「精神の力」とはもっと多様なものであるはずです。

また筆者は「私の書いていることは、既に読者が腹の底では知っていることを書いているのだ、端的に言えばここには『常識』が書いてあるのだ」、そして「知識はたくさん持っていながら常識のない人が増えてきたのである。常識に縛られて生きるのもどうかと思うが、常識のない人は不愉快である。どうもこれはマスコミなどで『非常識』が売り物になりやすいので、常識がない方が価値があると錯覚するのかもしれないが、常識を知らぬ『非常識』は、あまり好きになれない」と言います。この本が出たのは約30年前で、まだインターネットもさほど普及していない時代ですが、今はさらに同じように感じさせられることが多い世の中になってしまったのかもしれません。時を経て、今また考えるヒントを多く与えてくれる本だと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『こころの処方箋』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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