産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。
『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。
Vol.53『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、53回目は『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』(釘原直樹著・有斐閣)です。
タイトルのとおり、集団・群集と個人との関係を、社会心理学によって幅広く論じている本です。そもそも「集団とはなにか」という定義の話から、「集団のパフォーマンス」「集団意思決定」「リーダーシップ」「集合・群集の行動」「集合行動の理論」などが取り上げられ、危機事態における人間の行動について、さらにはテロリズムに関してまで、豊富な実験・研究の紹介とともに論考は広がります。
「危機事態における人間の行動」に関して、最近、韓国で群集雪崩による事故が発生してしまいましたが、この本の中でも、日本で2001年に明石市で発生した将棋倒し事故についての分析が紹介されています。群集が一方向から押された場合の群集密度と壁面にかかる群集圧力の関係を調べる実験では、14人/㎡では、壁にかかる圧力は300Kgf/mにおよび、85%が「非常に苦痛」32%が「呼吸困難」になったそうです。そしてこれは10秒間の圧力に対しての結果ですので、これが長時間続いた場合を考えると、その苦痛は相当に激しいものであったことが想像できます。日本でも戦後だけで4件は発生しているそうで、人が多く集まることが予測される場合には、事前に十分な備えが必要です。また、韓国での事故後には「犯人探し」が起きたとの報道がありましたが、そうした「スケープゴート現象」についても本書で解説されています。
それぞれの章ごとに取り上げられているテーマはどれも興味深いものなのですが、ひとつここでは「集団的浅慮」について簡単に紹介しておきます。集団的浅慮とは「集団問題解決場面で成員が集団維持(集団の一体感や心地よい雰囲気の維持)にエネルギーを注ぎすぎるあまり、パフォーマンスに十分な注意が向かなくなるために解決の質が低下する現象」です。これは企業や政治などでの意思決定において過去に何度も発生してしまっている現象ですが、それには以下の8つの特徴があるそうです。
1. 同調圧力
2. 自己検閲(同調圧力によって異議が封じ込められる前に、自分から意見を述べることを控える)
3. 逸脱意見から集団を防衛する人物・マインド・ガードの発生(「そのようなことを言うと君の将来のためにならない」などと脅しをかけて反対者に圧力をかける存在)
4. 表面上の意見の一致(本心は「反対」なのに、誰も「反対」と言わないので「他の人も賛成」と思い込んでいる状態で、会議の後などで、実は多くのメンバーが内心では反対していたことがわかる、と言うようなケース)
5. 無謬性の幻想(メンバーが「自分たちは選ばれた優秀な人物で失敗することはない、自分たちが一致団結すれば障害は容易に乗り越えられる」と思い込む)
6. 道徳性の幻想(メンバーが共有する理想の実現を優先して、そのためには少々の犠牲や非倫理的行為も許される、と自分たちの意思決定を正当化する)
7. 外集団に対する歪んだ認識(外集団に対して見下したり不正確で否定的な認識を持ったりする傾向)
8. 解決法略の拙さ(上記のような状態の積み重ねによって、決定の質が低下する)
これらは、今の政治や社会、そしてもっと身近な実生活の中にも思い当たるところが多々あるように思います。こうした個々の人間と集団との関わりについて少し頭に入れておくだけでも、大きな危機や間違いを回避できるかもしれないと昨今は特に思います。
「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!
Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担
https://teshimamasahiko.com