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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.55『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』

メンタルヘルスや心理学などに関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、55回目は『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』(鈴木忠著・東京大学出版)です。

人が誕生してから死ぬまでの発達を取り扱う、生涯発達心理学の本です。やや専門的な内容なため読みやすいとまでは言えないかもしれませんが、ここで取り上げられている研究結果や知見は非常に興味深いです。取り上げられているテーマは以下のようになります。

1.  知能の生涯発達をどう捉えるか
2. 経験や訓練は知能をどう変えるか
3. 熟達化は加齢によるハンディを克服するか
4. 現実世界で獲得される知をどう捉えるか
5. 加齢変化を自分でマネージできるか
6. 情報処理過程はどう変わるか
7. 英知はいかに獲得されるか
8. 生物の発達のダイナミズム
9. 世代継承と発達

それぞれの章で取り上げられている研究が全て面白いのですが、例えば4の「現実世界で獲得される知をどう捉えるか」では、IQの高さが囲碁や将棋、チェスの強さや、研究者の力量、仕事の出来、などと必ずしも一致しないことが明らかにされます。また5の「加齢変化を自分でマネージできるか」での「上手に歳をとる」「サクセスフルエイジング」というテーマは、高齢化社会において誰もが興味を持つことだと思います。

中でも「英知はいかに獲得されるか」という章は、個人的にとても印象深かったです。「英知」は「何が重要であるか」という価値的な判断を伴います。そしてそれは「公益(common good)に方向付けられています。「英知」は狭い意味での有能さや個別分野での熟達とは異なります。世の中では高いIQを持ち、一流と言われる大学を出たエリートたちであっても、公益性のない愚かな行為・判断をしてしまうことが多々あることもそれを裏付けています。

英知という公益性を伴った価値判断には「何が大切なのか」「自分が大切だと思っていることは他人から見てもそうなのか」というような、自分の価値観や信念を自問し、対象化することが必要になります。そのためには、自分の生きてきた過去を回顧し、自分自身の経験を内省することも重要です。また、社会的に成功し性格も円満で温厚な人であっても、その人の地位や名声が、既存のルールや規範に忠実に従ってきた結果であるのなら、必ずしも高い英知を持っているとは言えないとも指摘されます。これは「普通はどうか」というように考えるのではなく、支配的な価値観から独立し、常識的な見かたを相対化して内省的に考えることが「英知」の獲得には必要だからです。

以下、「英知ある答」を導き出す5つの評価基準というものを引用してみます。

1 事例の知識
人間の性格や行動パターン、人生でおこる重要なできごとなどの事例を豊富に知っていること

2 ノウハウの知識
生活の中でおこる葛藤やトラブルへの対処、目標を実現するための方法など、問題解決のための「ノウハウ」をいろいろ知っていること
3 発達環境についての知識
家族や仕事、教育や子育て、人間関係や組織、社会といった、人が生活する環境(文脈)を構成するものについていろいろ知っていること
4 相対性の考慮
生い立ちや社会的立場などによって価値観や基本的な考え方が異なることを理解していること。自分の価値観や見かたにとらわれずにものを考えることができること
5 不確実性への理解
ものごとの全体像を把握することは困難であり、また将来それがどうなるかも不可知であることを理解していること

昨今は、何らかの有能さを持っていることや個別の分野で成果を上げたことと、上記のような「英知」が混同されているように思います。この社会をより良い方向に向かわされるために、今一度「英知の獲得」について考えてみることも必要なのだと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol54. 『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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