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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、61回目は『「自傷的自己愛」の精神分析』(斎藤環著・角川新書)です。「自分はダメな人間」「生きている価値がない」あるいは自分のことを「非モテ」「キモメン」などといった、過剰に自分自身を傷つけるような思考や言動を繰り返してしまうような人がいます。そうした人を著者の斎藤環さんは、彼らが「自分のことが大切だからこそ自分を否定している」ように思えると指摘します。つまり、「自己愛」が弱いのではなくむしろ強いからこそ、そのように自傷的になってしまうというのです。

まず、そうした人たちは「プライドが高いが自信がない」という特徴があると言います。「プライド」と「自信」の違いは、前者が「理想像としての自分」であり、後者は自分自身の存在を無条件に肯定する、本質的な肯定的感情ですが、弱い肯定的感情(自信)をプライドの高さで支えている、という状態になっているのです。その高すぎる自分の理想ゆえに、現実の自分とのギャップから自分を否定せざるを得なくなりますが、そこには「自分自身のことは誰よりも自分が知っている」という思いがあるからこそ自己否定する、というややこしさがあります。また、自己否定することによって、それへの周囲からの反論や関心を生じさせ、それに対してさらに反論してみせるということで、他者との関係や、承認を求めるという面もあります。そして、自分と他人を常に比較し、自分がどう見られているかに強い関心を持つ傾向もあります。いずれにせよ「自分に対して過剰に関心が高い」、つまり「自己愛が強い」からこそそうした状態に陥ってしまうと考えられます。それがより拗れていくと、「インセル」や「無敵の人」のような暴力へと発展してしまうこともあります。

そうした自傷的自己愛はなぜ生じてしまうのか。著者は、歪な親子関係や、思春期のいじめ体験なども起源としてあげながら、新自由主義や自己責任論などをはじめとした現代社会に見られる傾向も視野に、専門の精神分析的なアプローチとともに解釈・分析していきます。

その中では「自己肯定感」という言葉の使われ方への問題提起もなされています。以前僕が別の連載の「評価や成果に捉われない 改めて考えるべき“より深い”自己肯定感とは?」で書いたことにも通じると思いますが、自己肯定感という言葉は、本来は高垣忠一郎氏が提唱したように「自分が自分であって大丈夫」という「存在レベル」での肯定の意味であったものが、「何かができる」「役に立つ」という機能レベルでの肯定感や、自己啓発的な意味合いばかりが注目されてしまっている現状があり、それによってむしろ追い詰められてしまう人もいます。

著者は「自傷的自己愛」は、誰でもいつでもなりうるし、自分だけでは抜け出せないと言います。その一方で、それにはまっても人生が終わったわけではないということをはっきりと言い、健全な自己愛を育むための方法や考え方を提案していきます。より健全な生き方と、現代社会のあり方を考える上で、とても重要な本だと思います。

「評価や成果に捉われない 改めて考えるべき“より深い”自己肯定感とは?」


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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