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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』

StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、62回目は『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』(ショーン・フェイ著、高井ゆと里訳・明石書店)です。436ページもあり中身も濃いので、そうした意味では「読みやすい」とは言えないかもしれませんが、政治においてLGBTQをめぐって無理解な言動が連日飛び出してくる昨今、とても重要な書籍の一つですので紹介したいと思います。

まず、トランスジェンダーについてあまり知識がない、なんとなくある程度しか知らない、という方は、こちらの動画などを一度ご覧になった後に読むことをお勧めします。熊本市の公式チャンネルで、音楽家で大学講師の西田彩さんが、とてもわかりやすく、しかし重要なところを簡潔におさえて解説してくれています。

 

この本はトランス女性の著者によって書かれていますが、トランス嫌悪・差別のある社会の中で生きるトランスジェンダーの現実を、幅広い堅実な調査と分析をもとに明らかにしていきます。読み進めれば進めるほど、まずそうした「事実」を知ることから始めなければならない、と強く思わされます。

正しい事実の認識がなければ、議論も対応も間違った方向に進んでいってしまいます。昨今「多様性を認める」という言葉が頻繁に使われるようになってきましたが、ここで注意したいことは、この世界に存在する人々が多様であるということは、それ自体が良いとか悪いとかではなく、「事実だ」ということです。ここで「認める」という言葉の意味は「それを良しと認定すること」ではなく「事実を認識する」という意味だと思います。時に「多様性を認める」ことの議論の際に、「それならば差別や嫌悪する人も受け入れるのも多様性を認めるということなのではないか」という意見があがることがあります。「そのように差別・嫌悪する人が存在するという事実」を「認識する」ことは大切ですが、それはイコール「良しとして受け入れる」ということではないのだと思います。そうした人々の存在を認識した上で、どう最善策を見出していくかのかを考えること、そして「正しい事実を知ること、知ってもらうこと」が必要なのだと思います。繰り返しますが、単純に「事実誤認」はこの社会が向かう方向を間違えさせるのです。

著者は冒頭で「トランスジェンダーが解放されれば、私たちの社会の全ての人の生がより良いものとなるだろう」と言います。この本の問題意識は階級・人種・障害・社会的弱者・フェミニズム、そして国家へと多岐に渡っていきますが、トランスが抱え直面する問題は、トランスの人だけの問題ではなく、すべての人に無関係ではないということに気付かされます。もっと広く一般の人に届いてほしい本です。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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