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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、63回目は『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』(信田さよ子著・大月書店)です。2007年にはじめて出版され、その後ロングセラーとなり、2020年に改訂新版として再刊されたものです。

長年、開業カウンセラーとして依存症やDVなどの問題に向き合い続け、2022年には日本公認心理師協会会長に就任された臨床心理士・公認心理師の信田さよ子氏によって書かれているこの本は、その「はじめに」に書かれているのですが「臨床心理士や公認心理師のひとたちはもちろんのこと、さまざまな援助職(看護師、保育士、介護職など)に就いているひとたち、教育関係者、精神科医療従事者などにも参考になるだろう。そしてカウンセリングを必要としているひとたちも大きな対象である。さまざまな問題で困り苦しんでいるひとたち、中でも家族との関係に苦しんでいるひとたちには、ぜひとも読んでいただきたい」本です。

日本でのカウンセリングのはじまりから、主なカウンセリング理論の日本での展開、資格に関すること、カウンセリングの役割やその基本、タイトルどおり「カウンセリングで何ができるか」ということ、そしてDV加害者と被害者に関すること、などが、数えきれないほど多くの事例を積み重ねてきた筆者の経験をもとに書かれており、とても強いリアリテイを持って、カウンセリングの現場での実態が示されていきます。(*それらは個人のプライバシーに配慮して、具体的に特定できる内容ではなく筆者の体験から創造されたものです)

特に、後半になって取り上げられるDVに関する著述は、多くのことを考えさせられます。日本がDV対策で遅れている現実を示しながら、どのように加害者、被害者双方に対応していくのかという問題に対する筆者の数々の指摘はとても重要なものです。そして「カウンセリングとは近代に構築された心(こころ)という仮構をあつかうものではありません。もっと生々しく、ダイナミックで現実的な関係、そして支配し・される関係性、暴力の問題を正面からあつかうようになったのです。このことは、これまで個人の内的世界だけに閉ざされ、個人の責任に帰されていた問題を、再度現実の関係のるつぼに投げ返すことになるでしょう。これによって救われるひと、そして責任を問われるべきひとたちが、新たに浮かびあがってくるでしょう」と言います。人のメンタルについて考えることは、より人間と人間の関係性や社会のあり方について、現実に向き合って考えるということでもあるのだと思わされます。そしてそれは、現代にも色濃く影響を及ぼしている「家父長制」や、昨今屡々取り上げられる「自己責任論」「新自由主義」などの問題にも繋がっていくように思えます。

全編を通してとても力強く、生々しく迫ってくる本ですが、よりカウンセリングというものが身近に必要なものなのだと思わされるという意味でも、おすすめの本です。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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