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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』

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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助[第2版]』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、64回目は『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助[第2版]』(中釜洋子・野末武義・布柴靖枝・無藤清子・編/有斐閣ブックス)です。

家族心理学とは、家族関係を研究の対象とする心理学で、1980年代に発展し始めた比較的若い学問です。1950年代から欧米を中心に発展していた心理療法のひとつの「家族療法」が源流で、家族を一人一人の成員が相互作用して影響を与え合うひとつのシステムとして捉える「システム論」の考え方が特徴です。システム論では、個人の精神的病理や問題行動は、悪循環している家族間コミュニケーションによって維持されている、と考えます。三世代・四世代同居の拡大家族から核家族へと時代とともに変化していく過程で家族の孤立化が進み、それにともない生じた様々な問題―子どもの養育の問題、不登校、非行、家庭内暴力、離婚とそれにまつわる諸問題などーに焦点を当てていきます。家族のあり方が多様性を増していく中、より注目される領域です。

掲載されているコラムのひとつ「自分の人生を生きるとは」から一部引用します。

多様な家族のありようや個人の生き方が認められるようになった自由な現代社会においては、男性も女性も、自分の身の回りのことを自分でする生き方に移っていくことが必須である。誰もがユニークな自分を追求し、私らしさを尊重してくれる関係を希求する現代、家庭の中にかつての母親や妻のようなケア役割専従者を期待することは難しい。幼少期の他者から多くのケアを受ける生き方から、「相互ケア」の時代へと、つまり男性も女性も自分もごく自然に他者をケアし、他者からしっかりケアされる関係へと移っていくのが当然というのがひとつの指針である。

そしてもうひとつの指針は「自己決定・自己選択」であるといいます。親子関係はこうだ、男性とは女性とはこうだ、という旧来の規範意識を自己決定・自己選択という考え方が打ち破ってきたといいます。しかしこれは間違うと「自分さえ良ければ構わない」「自己決定・自己選択したのだから自己責任で社会のサポートは必要ない」といった考えに至ってしまう危険性があります。そこで、自分が自由意志で選択・決定していると思えることでも、文化や社会の影響を受けて構築されたものであると考えて、自分がどのように価値観を育んできたか、そして自分と異なる価値観を持った他者ときちんと向き合うことが必要だと説きます。こうした考え方は現代社会でとても大切なことだと思います。

また、もうひとつ別のコラムから引用します。1990年代前半にアメリカで家族療法のトレーニングを受けていた筆者のエピソードです。

ちなみに筆者とペアを組んでいたセラピストはレズビアンで、彼女には一緒に暮らす女性のパートナーがいた。彼女たちは子どもをもつことを決心し、ゲイの友人から精子の提供を受けて人工授精で子どもをつくることにした。3人でとことん話し合って決めたという。そして人工授精で無事女児を出産した。彼女が「この娘の親は3人なのよ」と誇らしげに話してくれたとき「親が3人!?」と耳を疑った。てっきり聞き間違えたと思ったからである。「親は2人」と思い込んでいた筆者の固定観念に気づいた瞬間であった。

日本で同性婚に関しての無理解な言動が表面化していますが、このような視点を持つことはとても重要なことだと思います。学問的な裏付けをもって、旧来の家族観、家父長制などから離れてアップデートしていくのにもおすすめの本です。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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