watch more
StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、66回目は『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』(坂口幸弘著・光文社)です。

家族や友人の命、あるいは健康や若さ、夢や希望といったもの、家族同様に過ごしてきた動物など、人は自分にとって大切なものを生きていく中で必ず失います。実在しなくても、何かの作品で自分が思い入れの強かった登場人物がいなくなってしまい「〜ロス」と言う状態になるケースもあります。著者は「死生学」「悲嘆学」を専門とし、心理学的な観点からそれらの研究・教育に携わり、病院や葬儀社、行政などと連携し「グリーフケア」の実践活動を行っている方です。「悲嘆学」の「悲嘆」とは死別・喪失に対する様々な身体的・心理的反応や症状のことで、それを英語ではグリーフ(grief)と言います。そして大きな悲嘆を抱えている人の支援を「グリーフケア」と言います。

この本は「喪失」がどのような影響を人に与え、どのような状態を生じさせるか、そしてそれに対しての備えや考え方を、実例も交えながらわかりやすく説明していきます。著者は「喪失を体験することは、心から大切だと思える何かが存在したという証でもある」と言います。また、何かを失った時には「何が残っているのか」を考えてみることも大切だと説きます。そして時には「後ろ向きに進む」こともありだと言います。こうした考え方を知ることは、全ての人にとっても大切なことだと思います。

特にコロナ禍以降、人は多くのことを「喪失」しました。また昨今では偉大なアーティストたちが相次いで他界してしまいました。ほとんどの場合、そうした喪失は一般的な人生の中ではそう頻繁にある体験ではなく、しかも時には突然やってきます。そのためほとんどの人にその備えがありません。現代社会ではとかく「何を得たか」「どのようにして何かを得るのか」が議論の中心になりがちですが、今また「何を失うのか」「失うとどうなるのか」ということにも目を向ける必要があるのかもしれません。何かを喪失することから逃れられる人は一人もいないにも関わらず、普段僕たちはそれをあまり意識していません。また、誰か他人が何かを喪失して悲嘆を抱えている時に、その悲嘆をその時は感じ取れたとしても、その思いは当事者と違ってあまり持続しないことが多いように思います。

コロナ禍でそれをきっかけに命を絶ってしまった人が増え、それを機にメンタルヘルスに関しての意識も少し高まったように見えました。しかし喉元を過ぎると多くの人の関心ごとからまた消えていってしまっているようにも感じます。「心から大切だと思える存在」は、できれば失う前からその存在を認識して大事にできればと思いますし、何かを得ることは何かを失うことと裏表であることをもう少し意識すべきなのではないかとも思います。この「喪失」に関してはRolling Stone Japanで「大切な何かを喪失することを考える、死別・喪失と向き合うために理解しておくべきこと」という記事でも書きましたの、こちらもぜひ参照していただければと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

PICK UP