産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。
『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。
Vol.72『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』
メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、72回目は『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』(安藤清志・大島尚[監修]北村英哉・桐生正幸・山田一成[編著]誠信書房)です。本書は、これから心理学研究を始めようとする人や、これまでの研究を次の段階に進めようとする人たちに向けて、「社会」というキーワドを共有しながらそれぞれの研究者たちが取り組んでいる課題や、今後重要になってくるであろう課題についてわかりやすく外観・解説したものになります。以下、それぞれの章のタイトルを引用します。
PART1 人間はどのように社会的か?
第1章 公正と道徳:モラルサイコロジーへの展開」
第2章 影響力保持者の認知パターン:影響力の概念と理論
第3章 人間-状況論争は続いている:心理的状況研究の新たな展開を中心に
第4章 人間的成長をもたらす感情:感動の適応的機能
第5章 多様性を見渡し想定外を減らす:シュワルツ基本価値モデルの活用PART2 社会的要請にどう応えるか?
第6章 自制心はなぜ大切なのか:社会生活とセルフコントロール
第7章 懐疑と冷笑:オンライン消費者の広告不信
第8章 対人関係のダークサイド:ストーキングと悪質クレーマーの分析から
第9章 災害時の情報処理:社会心理学からの接近
第10章 社会的逆境を乗り越えるイメージのカ:イメージを媒介とする心理療法のエビデンスと展開
これだけでは「難しそうだな」と感じる方もいるかもしれませんが、例えば第1章では「公正とは」「忠誠・権威とは」「清浄性とは」「自由とは」何かということをわかりやすく分析してくれます。また第4章では、「感動」とは何かということの研究が意外と進んでいない分野であるということが明らかにされ、その特徴や意義・意味について様々な事例とともにわかりやすく解説されます。例えば、幼児は「植物が発芽する」「オタマジャクシに足が生える」などの「新しい体験」に対して感動が生じやすく、それによって新しい体験を印象深く受け止め、知識の増加を記憶に深く刻み込む働きをしている可能性があるとされているのだそうで、とても興味深いなと思いました。
そして特に第5章は、「多様性」について様々な議論がある昨今、「シュワルツ基本価値モデル」を活用した解説と分析はとても示唆に富んだ内容だと思いました。その内容はここでは書ききれませんのでぜひ本の中で確認していただきたいのですが、この章を書いた片山美由紀氏の言葉がとても考えさせられるものでしたので、その一部引用します。
日本社会では、意見や価値観の対立を好まない、または「対立を表面化させること」を好まない風土があるといえる。このメリット、デメリットは多々あるとして、グローバル化の進む現代の世界において、対立を覆い隠しないものとすることは、特に大きなデメリットとなることがある。それは人々の多様性(抽象的な話ではなく、ありふれた事実)を、それと意識化する頻度・機会・経験が圧倒的に少なくなる、ということである。経験が少なければ、見込みを立てることが難しくなる。見込みを立てられない人々は何かと「想定外」「予想していなかった」「信じられない」と瞬間的に反応したのち、」黙り込んでしまうことになる。
また、片山さんは大学の留学生と日本人学生が混在するクラスで次のメッセージを最後に伝えたそうです。
「“Find diversity not in the world map, but in yourself“(世界地図の中に多様性を見つけ出すのではなく、あなた自身の中に多様性を見つけ出してください)」
この言葉は現代を生きる私たちにとって、とても大事な言葉だと思います。
「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!
Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』
Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』
Vol.67『奇跡のフォントー教科書が読めない子どもを知ってーUDデジタル教科書体開発物語』
Vol.68『レジリエンスの心理学〜社会をよりよく生きるために』
Vol.69『サブカルチャーの心理学2〜「趣味」と「遊び」の心理学研究』
Vol.70『ケアとアートの教室』
Vol.71『ともに生きるための演劇』
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担
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