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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.73『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』

StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.73『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、73回目は『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』(佐々木掌子監修・国土社)です。小学校高学年・中学生・高校生を対象とした本で、自分と他者の性を大切にしていけるよう、さまざまな性のあり方や悩みや疑問に対して、イラストやマンガを通して丁寧に紹介されています。思春期の人たちだけでなく、より上の世代の方にも入り口としてとても良い本だと思います。

最近はジェンダー・アイデンティティという言葉、あるいは「性自認」「性同一性」という言葉が以前よりも一般的に広まってきたと思いますが、必ずしもその意味が正しく伝わっていないように思えます。この本では次のように説明しています。

ジェンダー・アイデンティティとは、「“自分の性別”は同じく“こうだ”とわかっているかどうかについて」をあらわすことば。それから「自分がその性別だと思うこと」を「性自認」というよ。この性自認が時間や場所を超えて統一性・一貫性があるとき「ジェンダー・アイデンティティ(性同一性)が安定している」というんだ。

特にここの「性自認が時間や場所を超えて統一性・一貫性がある」というところがあまり認知されていないような気がします。これについて、以前この連載のVol.5で紹介した『はじめて学ぶLGBT~基礎からトレンドまで』からも引用してみます。まず「性同一性障害に関して広く行き渡ってしまった誤解に“『心の性』と『体の性』の不一致が性同一性障害、一致の状態が「性同一性」である”とする説明があります」とあり、その後以下のように解説しています。

性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)とは、「魂」と「容器」の一致・不一致を指す言葉ではなく、性別に関する自己同一性を表す言葉です。自己同一性とは「自分自身に関する、ある程度の一貫性を持った感覚」のことを指します。ここでいう「一貫性」とは、時間的同一性と空間的同一性の2つの側面からなります。時間的同一性とは、たとえば1年前の自分と今が同じ自分であると把握していることで、空間的同一性とは、自分が別の人と「同じ○○である」(○○には家族、民族、女などが入る)と把握していることです。

もう少し具体的説明してみます。こちらも以前Vol.62で『トランスジェンダー問題』という本を紹介したときにリンクを貼らせていただいた西田彩さんの解説動画から、トランス男性・トランス女性当事者が性別違和や身体違和の葛藤からアイデンティティを確立していくモデルケースによる性同一性・性の自認についての説明の部分を要約します。

 

まず「自分が持っている性別集団に対する帰属意識」があり、それを元に「自分を投影していく性別」(例えばセーラームーンや仮面ライダーなどに自分を重ね合わせて憧れるなど)があります。

そして、その帰属感覚から生じる性役割行動・帰属する性別集団への同調行動を行います。ところが、本人としては自分の感覚のままに行動しているだけなのですが、それを周りから、「あなたは男の子でしょ、女の子でしょ」などのように否定されてしまいます。それが繰り返されると「斉一性」(自分の中での一貫性)が混乱してきます。その結果、自己肯定感が育まれず、自分が表現している性別と周りから自分に与えられる性別の食い違いである「性別違和」が生じます。

また、第二次性徴による身体の急激かつ望まない変化が起き、帰属しているはずの性別集団で自分一人だけ違う性徴の身体・姿に成長・変化(自分だけが髭が生えてくる、胸が膨らむ、生理が始まるなど)していきます。そうすると、時間軸の中での自分の一貫性や連続性の混乱が生じます。そして身体への拒絶・葛藤が強化され、身体違和が生じます。

アイデンティティを確立していくためには、そうした「斉一性」(場所や状況が変わっても一貫して同じ自分である)「連続性」(成長変化していく中でも連続して同じ自分である)が必要です。それが安定していることを「性同一性が安定している」といいます。

性別違和や身体違和を複合的に経験していく中で一貫した自分を築けず、社会に自分の存在を位置付けられない中、当事者は様々な葛藤や苦痛とともに、自分が何者であるのかを色々と試しながら探していき、「出生時に割り当てられた性別は○だけどやはり自分の性別は帰属を感じる□だ」と自分で確認(性の自認)します。そうやってジェンダー・アイデンティティとして統合・自己の確立がなされていきます。

法案や条例なども含めて、様々な議論がなされている昨今だからこそ、改めて基礎的なことに立ち返っていきたいと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』
Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』
Vol.67『奇跡のフォントー教科書が読めない子どもを知ってーUDデジタル教科書体開発物語』
Vol.68『レジリエンスの心理学〜社会をよりよく生きるために』
Vol.69『サブカルチャーの心理学2〜「趣味」と「遊び」の心理学研究』
Vol.70『ケアとアートの教室』
Vol.71『ともに生きるための演劇』
Vol.72『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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