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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.74『無意識のバイアスを克服する〜個人・組織・社会を変えるアプローチ』

StoryWriter

産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.74『無意識のバイアスを克服する〜個人・組織・社会を変えるアプローチ』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、74回目は『無意識のバイアスを克服する〜個人・組織・社会を変えるアプローチ』(ジェシカ・ノーデル著・高橋璃子訳・河出書房社)です。

無意識のバイアスがどのようにして生まれ、どのように人々の行動や社会に影響を及ぼすのか、そしてそれはいかにして克服できるのか、科学的な視点から様々な事例とともに丁寧に解き明かしていきます。表紙に「思い込みと偏見。女の子にピンク、男の子に青。権力による暴力。賃金の不平等。マイクロアグレッション。見た目や年齢。人種・性差別」と書かれていますが、そのように至る所に無意識のバイアスは影響しています。

特に昨今の日本社会で、入管をめぐる問題やLGBTQに関する議論などを見ていても、その影響は非常に大きいとあらためて感じます。そうした問題を解決していくのは簡単なことではないかもしれませんが、それでも何とか良い方に社会を向かわせることができるかもしれないと思わせてくれる本です。

この本を紹介するにあたり、読む前に知っておくとより理解しやすくなるかもしれませんので、カウンセラーとして少しだけ用語の解説をしておきたいと思います。

無意識の差別や偏見のことは「アンコンシャス・バイアス」とも言います。例えば次の話を読んでみてください。

ある男が、自分の息子を車に乗せて、自ら運転をしていました。
ところが残念なことに、その車はダンプカーと激突して大破してしまいました。

救急車で搬送中に、運転していた父親は死亡。
息子は意識不明の重体。

病院の手術室で、運びこまれてきた後者の顔を見た外科医は息をのみます。
そして、次のようなことを口にしました。

「自分はこの手術はできません、なぜならこの怪我人は自分の息子だから」

この話を読んで「父親は死んだはずでは?」と違和感を抱いた人がいるかもしれません。その場合、「外科医は男性」という思い込みがあります。こうしたことが「無意識のバイアス=アンコンシャス・バイアス」の一例です。

他に似たようなものに「潜在的カリキュラム」と呼ばれるものがあります。例えば教科書などの挿絵やイラストで、「家事をしているのが女性、消防士が男性」だったとすると、生徒たちはそうしたところから、無意識に「家事は女性がやるもの」「消防士は男性がなるもの」というように、職業と性別を結びつけてしまう可能性もあります。そうした「潜在的な力」によって無意識に教育されていることがあることを「潜在的カリキュラム」と言います。

そしてそのようなバイアスをもとに、悪意なく無意識に行われる「マイクロ・アグレッション(直訳すると「小さな攻撃」)」というものがあります。例えば「彼氏(彼女)いるの?」と訊くことは、よくあることかもしれません。しかしこれは異性愛であること、もしくはパートナーが異性であることが前提となっていることが多いのではないでしょうか? 他にも、子どもの家族構成を知らないのに「お父さんお母さんに伝えてね」と言ってしまうのも、「当然父母がいる」あるいは「異性同士の保護者である」ことが無意識に前提となっています。そうした「小さな攻撃」が日常的に行われ、それが積み重なっていくと、結果として想像以上に大きな影響を人と社会に与える、ということを本書では科学的な検証をもとに指摘しています。

作者は「違いについて語れば、本質主義的なステレオタイプを強化し、偏見や差別をかえって強化してしまう。一方で違いをなかったことにすれば、抑圧された人たちを不可視化し、ないがしろにしてしまう。しかしやがて、その二項対立自体が誤っていることに気づいた。どちらかを選ぶことなど不可能なのだ。私たちはそんなふうに切り分けられる存在ではない」と言います。そして、バイアスの問題に本気で取り組み、おたがいのあらゆる面を複雑なまま見つめられるようになったら、異なる人間が対等に関わるための行動様式を作りはじめられるかもしれない、とも言います。人間には負の側面だけでなく、学び、知ることと対話を積み重ねていくことで、少しずつ皆が幸せに存在できる方法を見つけてきたという歴史もあります。そうやっていくためにも、多くの人に知ってほしい、とても重要な指摘と分析の詰まった本だと思います。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』
Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』
Vol.67『奇跡のフォントー教科書が読めない子どもを知ってーUDデジタル教科書体開発物語』
Vol.68『レジリエンスの心理学〜社会をよりよく生きるために』
Vol.69『サブカルチャーの心理学2〜「趣味」と「遊び」の心理学研究』
Vol.70『ケアとアートの教室』
Vol.71『ともに生きるための演劇』
Vol.72『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』
Vol.72『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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