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【連載】こころの本〜生きづらさの正体を探る Vol.77『シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇』

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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.77『シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、77回目は『シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇』(リチャード・H・スミス著/澤田匡人訳/勁草書房)です。

シャーデンフロイデは「Schaden(害)」と「Freude(喜び)」を合体させたドイツ語で、簡単に言うと「人の不幸を見聞きして生じる喜び」という意味です。自分の気に入らない芸能人などが不幸になったり不祥事を起こしたりすると「いい気味だ」というような感情を抱くことが人にはありますが、この感情がなぜ起きるのか、様々な事例と研究をもとに解き明かしていきます。

こうした感情は「卑しい感情」として捉えられることが多いので、その存在自体を自分で認めることが難しいという面もありますが、この感情にも役に立つ面があります。例えば、何かで傷ついたり落ち込んだりして低下した自尊心が、その感情によって多少なりとも回復する、という効果があります。誰かと競い合って負けると、「劣っている自分」を思い知らされ、「妬み」「痛み」も感じます。その際に、シャーデンフロイデによって相手の価値が下がることによって、低下した自分の価値が上がり、「妬み」「痛み」が緩和されます。また、これはどんな人間にも生じるものですので、この感情の存在自体を否定する必要はありません。ただし、こうした感情が存在するということを自覚しておいて、それが暴走していないか一度立ち止まって自省することは大切です。SNSが発達している現代ではなおさらその自覚は必要でしょう。本書はかつてこの感情の暴走がユダヤ人の大虐殺の一因になっているとも指摘します。

その落とし穴に落ちない方法のひとつとして、本書ではリンカーン大統領の事例を紹介しています。現代社会にとても大事な考え方だと思いますので、最後にそれを引用しておきます。

「あの男が好きではない。だから、もっと彼のことを知らなければならない」。リンカーンがこう言ったのは、状況的な縛りが、多少なりとも私たちを左右するとわかっていたからだ。他者の不幸が相応しく見えたときでも、「根本的な帰属の誤り(*)」を避けようとしてきたリンカーンは、私たちに良い手本を示してくれている。

ここで、もうひとつの教訓がある。それは、私たちが不幸を引き起こした状況要因に注目できるなら、他者の不幸に対してシャーデンフロイデに満ちた反応をせずに済む、ということだ。そうすれば、不幸をどう見聞きしたところで、シャーデンフロイデより共感が優るはずだ。まさにリンカーンと同じように。二期目の大統領就任演説において、彼が不朽の名言を残せたのは決して偶然ではない。「何人に対しても悪意は抱かず、全ての人に慈愛を持って」。

(*)根本的な帰属の誤り:他者の行動を説明する際、個人的な特徴や性格などの内的な要因を過剰に重視してしまい、状況の影響力を過小評価するバイアスのこと。例えば、自分に起こった良くない出来事は状況のせいにするが、他人に起こった場合にはその人の性格の問題だ、と考えてしまうようなこと。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』
Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』
Vol.67『奇跡のフォントー教科書が読めない子どもを知ってーUDデジタル教科書体開発物語』
Vol.68『レジリエンスの心理学〜社会をよりよく生きるために』
Vol.69『サブカルチャーの心理学2〜「趣味」と「遊び」の心理学研究』
Vol.70『ケアとアートの教室』
Vol.71『ともに生きるための演劇』
Vol.72『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』
Vol.72『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』
Vol.75『あなたを愛しているつもりで、私はー。娘は発達障害でした』
Vol.76『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
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