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産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。

『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。

Vol.79『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』

メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、79回目は『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』(末木新・ちくまプリマー新書)です。

筆者の末木新さんは高校生の時に父方のお祖父様を自殺で亡くされたそうで、それがきっかけとなって自殺に関して考えざるを得なくなったのだと言います。そして、高校生だった時の自分が『こんなことが知りたかったんだ』と思えるような本にしようと書かれたそうで、それだけにとてもわかりやすく、しかしとても深い内容の本になっています。

本書は「第1章 自殺はなぜ起こるのか」「第2章 『死にたい』と言われたら」「第3章 『死にたい』と思ったら」「第4章 自殺は悪いことか」「第5章 幸福で死にたくなりづらい世界の作り方」というテーマで構成されています。この中でも、この本のタイトルのとおり「死にたい」と言われたらどうしたら良いのか、ということにまず関心を持たれる方が多いかもしれませんので、「どうしたら良いのか」について本書から簡単に要約して紹介してみます。

まず、例えば「自殺をしようと思って睡眠薬を過量服薬し、意識朦朧とした中で電話をかけてきた」のように、すでに自殺企図をしている状態に遭遇したのであれば、119番に電話をして速やかに救急車を呼ぶ、ということになります。

もし、自殺の手段の準備が済んだ状態で「これから自殺する」という連絡が来たというような「自殺企図をしていない状態であるけれど、今にも自殺企図をしそうだという場合」は、ベストな対応が一義的に決まるわけではないという前提ではありますが、110番をして警察に連絡をするのが良い、と筆者は言います。警察に通報をする場合には、可能であれば通報の前に、自殺の危険に晒された人に警察を呼ぶことの許可を得るようにします。相手が警察を呼ぶことを拒否することもあるでしょうが、「通報して保護してもらおうと思うけれども良いか?」と聞いてみると案外あっさりOKしてくれるという場合もあるので、そのようなやりとりを挟んでみます。

119番や110番をするほど差し迫った状況ではない場合で、もちろん専門家に委ねるという選択肢もありますが、打ち明けた側は意を決して「その人だからこそ」打ち明けたわけですので、可能であれば打ち明けられたその人が、何が最善か分からなかったとしても頑張って対応することが、周囲とのつながりの回復につながる可能性が一番高く、それが結果としては自殺を予防するということへの最短ルートになっている可能性も高いそうです。

また、これは驚く方も多いかもしれませんが「死ぬための手段は具体的に考えているのか? それはどの程度までちゃんと用意しているのか?」ということを質問することも有効なのだそうです。「死にたい」と打ち明けた人間が最も恐れるのは、意を決して行った重大な自己開示が軽く扱われることです。具体的な手段を訊くことは、その自己開示を重く受け止め、本気で死のうとしていることを理解しているからこそできる質問なのです。そして、その手段を物理的に排除(例えば首を吊るために準備したロープを預かるなど)する介入を試みます。こうした対話の際にやってはいけないことは、話を逸らしたり、叱ったり、「命は大切にするものだ」などのように一般的な価値観を押し付けたりして、相手の「死にたい」という気持ちに向き合わないことです。励ましや助言も避けた方が無難です。

現実には複雑にいろいろな問題が絡まっているため、時が解決してくれるのを待つしかない、というケースもあります。このような不確実な状態を一緒に耐えていく、ということが大切な場合あるとも筆者は言います。これは、以前この連載の76回目で紹介した『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生著・朝日選書)で言われていた「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」と通じるようにも思えます。

こうした具体的な対処法はもちろんですが、「第4章 自殺は悪いことか」「第5章 幸福で死にたくなりづらい世界の作り方」は、私たちが生きていく上で真剣に考えておきたいことだと思います。ここではその内容まで触れる余裕がありませんので、「どうしたら良いのか」と関心を持った人は、さらにその関心を延長して、これらの章で取り上げられているテーマに触れていただけたらと思います。

また、自殺に関しては、以前紹介したVol.31『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』(松本俊彦著・中外医学社)、Vol.32『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(松本俊彦編・日本評論社)もおすすめですので、興味ある方はこちらもあわせてチェックしてみてください。


「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!

Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』
Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』
Vol.67『奇跡のフォントー教科書が読めない子どもを知ってーUDデジタル教科書体開発物語』
Vol.68『レジリエンスの心理学〜社会をよりよく生きるために』
Vol.69『サブカルチャーの心理学2〜「趣味」と「遊び」の心理学研究』
Vol.70『ケアとアートの教室』
Vol.71『ともに生きるための演劇』
Vol.72『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』
Vol.72『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』
Vol.75『あなたを愛しているつもりで、私はー。娘は発達障害でした』
Vol.76『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』
Vol.77『シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇』
Vol.78『トランスジェンダー入門』

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・ベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。アマゾンの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
https://teshimamasahiko.com

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