産業カウンセラーの手島将彦による新連載『こころの本〜生きづらさの正体を探る、産業カウンセラー手島将彦のオススメ本』。
『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』(2016年/リットーミュージック)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(2019年/SW)の著者であり、音楽業界を中心にメンタルヘルスの重要性を発信し続けた手島がオススメする本を不定期連載で紹介していきます。
Vol.80『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』
メンタルヘルスや心理学に関して比較的読みやすい本を紹介しているこの連載、80回目は『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』(新聞労連ジェンダー表現ガイドブック編集チーム/小学館)です。岸田首相が女性閣僚に対して「女性ならではの」という表現を用いた際に、その表現の問題点を解説するためにハフポストがこの本を取り上げたことでも注目されました。メンタルヘルスや心理学に関しての本というわけではありませんが、ここに書かれていることを知ることは、結果的に多くの人のメンタルヘルスを改善すると思いますので、紹介したいと思います。
まずこの本の帯に書かれているチェックリストを引用します。
ひとつでも当てはまるあなた、アウトです!
□女医、女子アナと普通に言っている
□「美しすぎる○○」ってだめなの!?
□「女性ならではの気配り」は褒め言葉?
□「薄着の季節だから痴漢に注意」のどこがNG?
□女の子の出産祝いはピンクでしょ?
先述の「女性ならでは」という表現に関してもその問題点を以下のように説明しています。
育児関連商品の開発談などで「女性ならではの発想」、女性管理職についての記事で「女性特有の気配りができる」などとする表現が目立ちます。一見褒めているようですが、裏を返せば「女性は育児をするもの」「女性は気配りしなければならない」など、「女性ならできて当然」というステレオタイプな考えを助長するものになります。
相手が「女性ならでは」と語っている場合でも、具体的にどんなことを指すのかまで聞くことが必要ではないでしょうか。たとえば、女性医師が「女性ならではの視点を生かして働きたい」と語った場合は「女性特有の身体の悩みについて相談しやすい雰囲気をつくり、患者の力になりたい」などと言い換えられます。「女性ならではの商品開発ができた」は「普段の育児の経験が生きた」などと表現できるかもしれません。ステレオタイプな考え方の助長を避けつつ、相手の真意をさらに深く伝えられます。
本書は「揚げ足取りや言葉狩りではなく、単なる言い換えマニュアルでもない」「言い換え案は提示はするけれど、その『心』を知ってこそ、表現が本物になる」と言い、そのためにさまざまな事例や考え方を提示していきます。
社会をアップデートしていくためのポイントもいくつか提示しているのですが、そのうちのひとつの「『自分も当事者』という視点」を持つ、ということはとても重要です。ジェンダーの問題というと、ジェンダー・マイノリティや女性の問題と捉えられることが多くなっていますが、ジェンダーは文化的性差ですので、男性も含めて誰もが当事者となる問題なのです。そして、無意識の差別や偏見は誰もが持っています。それを自覚して、皆が当事者としてより良い社会にしていく方法を考えていくための基準のひとつとなる本だと思います。
「こころの本〜生きづらさの正体を探る」のバックナンバーも合わせてチェック!!
Vol.1 『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』
Vol.2 「発達障害」に関する基礎知識を得るための2冊
Vol.3 『ニューロダイバーシティの教科書』
Vol.4 『ジェンダーと脳〜性別を超える脳の多様性』
Vol.5 『はじめて学ぶLGBT〜基礎からトレンドまで』
Vol.6 『ポップスで精神医学〜大衆音楽を“診る”ための18の断章』
Vol.7『世界一やさしい精神科の本』
Vol.8『居るのはつらいよ〜ケアとセラピーについての覚書』
Vol.9『野の医者は笑う〜心の治療とは何か?』
Vol.10『心理学[第5版]』
Vol.11『情報を正しく選択するための〜認知バイアス事典』
Vol.12『サブカルチャーの心理学』
Vol.13『うつ病と双極性障害に関する2冊』
vol.14『統合失調症がやってきた』
Vol.15『相方は、統合失調症』
Vol.16『疾風怒濤精神分析入門』
Vol.17『すずちゃんののうみそ』
Vol.18『オチツケオチツケこうたオチツケ こうたはADHD』
Vol.19『ありがとう、フォルカー先生』
Vol.20『<叱る依存>がとまらない』
Vol.21 『夜と霧』
Vol.22 『ハブられても生き残るための深層心理学』
Vol.23 『格差は心を壊すー比較という呪縛』
Vol.24 『もっと!〜愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
Vol.25 『親子で考えるから楽しい! 世界で学ばれている性教育』
Vol.26 『多様性の科学〜画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』
Vol.27 『わたし中学生から統合失調症やってます。』
Vol28.『これからの男の子たちへ〜「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
Vol.29 『事実はなぜ人の意見を変えられないのかー説得力と影響力の科学』
Vol.30 『あの時も「こうあるべき」がしんどかった〜ジェンダー・家族・恋愛〜』
Vol.31 『もしも「死にたい」と言われたら〜自殺リスクの評価と対応』
Vol.32 『「助けて」が言えない〜SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
Vol.33 『第四の生き方―「自分」を生かすアサーティブネス』
Vol34. 『管理される心〜感情が商品になるとき』
Vol35. 『ひとりひとりの個性を大事にする〜にじいろ子育て』
Vol.36 『なぜ人と人は支え合うのか〜「障害」から考える』
Vol.38『当事者・家族のための〜わかりやすいうつ病治療ガイド』
Vol.39 『基礎からはじめる〜職場のメンタルヘルス〜事例で学ぶ考え方と実践ポイント(改訂版)』
Vol.40 『職場で出会うユニーク・パーソン〜発達障害の人たちと働くために』
Vol.41 『3ステップで行動問題を解決するハンドブック〜小・中学校で役立つ応用行動分析学』
Vol.42『精神医学の近現代史』
Vol.43『抑圧された記憶の神話〜偽りの性的虐待の記憶をめぐって〜』
Vol.44『吃音のことがよくわかる本』
Vol.45『こんなとき私はどうしてきたか』
Vol.46『教室マルトリートメント』
Vol.47 『学校の中の発達障害』
Vol.48 『科学から理解するー自閉スペクトラム症の感覚世界』
Vol.49 『ラブという薬』
Vol.50 『なぜアーティストは壊れやすいのか?』
Vol.51 『こころの処方箋』
Vol.52 『ヒトはそれを「発達障害」と名づけました』
Vol.53 『グループ・ダイナミクス〜集団と群集の心理学』
Vol.54『HSPの心理学〜科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』
Vol.55 『生涯発達のダイナミクス〜知の多様性 生きかたの可塑性』
Vol.56『女の子だから、男の子だからをなくす本』
Vol.57『おとなの自閉スペクトラム〜メンタルヘルスケアガイド』
Vol.58『ハッピークラシー〜「幸せ」願望に支配される日常』
Vol.59『情報を正しく選択するためのー認知バイアス事典 行動経済学・統計学・情報学編』
Vol.60『精神疾患をもつ人への関わり方に迷ったら開く本』
Vol.61『「自傷的自己愛」の精神分析』
Vol.62『トランスジェンダー問題〜議論は正義のために』
Vol.63『改訂新版―カウンセリングで何ができるか』
Vol.64『家族心理学〜家族システムの発達と臨床的援助』
Vol.65『10代からのメンタルケア「みんなと違う」自分を大切にする方法』
Vol.66『喪失学「ロス後」をどう生きるか?』
Vol.67『奇跡のフォントー教科書が読めない子どもを知ってーUDデジタル教科書体開発物語』
Vol.68『レジリエンスの心理学〜社会をよりよく生きるために』
Vol.69『サブカルチャーの心理学2〜「趣味」と「遊び」の心理学研究』
Vol.70『ケアとアートの教室』
Vol.71『ともに生きるための演劇』
Vol.72『心理学から見た社会〜実証研究の可能性と課題』
Vol.72『ジェンダー・アイデンティティ〜LGBTだけじゃない!わたしの性』
Vol.75『あなたを愛しているつもりで、私はー。娘は発達障害でした』
Vol.76『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』
Vol.77『シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇』
Vol.78『トランスジェンダー入門』
Vol.79『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担
https://teshimamasahiko.com