こんにちは、テラシマユウカです。
つい先日、普段はあまり使わないテレビ台の下の棚を整理していたら、学生の頃の参考書がたくさん姿を現しました。
ベンゼン環や化学反応式がずらっと書かれたプリント、分厚い数学の参考書など何冊も持ってくる意味はそんなに無いのですが、ずっと自分が持ち歩いていたものに安心感があるような気がして、上京前段ボールに詰めていました。
嫌だった勉強道具も、懐かしい思い出としてか、はたまた参考書の多さに自己満足感を得られたりするからか。いまでもずっと残し続けてしまっているのはなんだかタイムスリップしたかの様な、不思議な感覚に浸ってしまいます。
Vol.190『すべてうまくいきますように』
☆4.0/☆5.0
小説家のエマニュエルは、85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたという報せを受け病院へと駆けつける。意識を取り戻した父は、身体の自由がきかないという現実が受け入れられず、人生を終わらせるのを手伝ってほしいとエマニュエルに頼む。一方で、リハビリが功を奏し日に日に回復する父は、孫の発表会やお気に入りのレストランへ出かけ、生きる喜びを取り戻したかのように見えた。だが、父はまるで楽しい旅行の日を決めるかのように、娘たちにその日を告げる──。
『まぼろし』や『8人の女たち』。ベルリン国際映画祭銀熊賞に輝いた『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』など多くの作品で死と愛と家族を扱い、名匠の地位を確立したフランソワ・オゾンが『スイミング・プール』の脚本家エマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説を映画化。
芸術や美食を楽しみ、ユーモアと好奇心にあふれ、何より人生を愛していた父が、脳卒中で倒れたことをきっかけに安楽死を願う。治療の甲斐あって順調に回復しているにもかかわらず意思を曲げない父に、二人の娘たちは戸惑い葛藤しながらも真正面から向き合う繊細な感情を描き出し、すべての人間に訪れる死を巡りながら家族の愛とは何かを問いかける。
父親のアンドレ役にはセザール賞を3度受賞した、フランス映画界を代表する名優アンドレ・デュソリエ。娘を演じるのは、『ラ・ブーム』の世界的大ヒットでスーパーアイドルとなりハリウッド大作にも出演、フランスの国民的俳優として愛され続けるソフィー・マルソー。そして、別居中の母親を『スイミング・プール』をはじめとしたオゾン作品の常連、シャーロット・ランプリングが演じました。
身体の自由がきかなくなってしまった現実が受け入れられず、意識があるうちに人生を終わらせたいという父親が娘に託した最後の望みを叶えてあげたい気持ちと、父親の命が終わってほしくない気持ちがエマニュエルの心を代わる代わるに揺さぶる。終わりにしたいと願う父親を理解し寄り添おうとしながらも感じる底無しの悲しみや憤り、延命は望まないどころか死を待ちわびるかの様な父親の頑固さなど様々な感情が入り混じり”死”、そして理解するという”愛情”について考えさせられる。
利己主義的に生きてきたであろう描写も多く、娘にそんなお願いをする点からも分かるように出来た父親ではない。しかし、人間として魅力溢れる父親は、複雑だけれどそれでも愛おしい家族の姿を鮮明に映し出し、より深みを演出します。
ちょっとした波乱もありながらも、終始淡々と穏やかに死に向かって進んでいく時間は安楽死という重く難しい題材と複雑な親子関係を描いているものの、押し付けがましさがなく、不思議と心地が良い。クスッと可笑しくなるようなユーモアを交えていく絶妙なバランス感覚がこの作品をより特別なものへと導いています。
フランスで禁止されている尊厳死の実現の難しさを表現しながらもそれに対して明確に是非を問うわけではなく、安楽死を望む本人とその周りの家族の相反する感情的な部分を中心に描く本作。安直に涙を誘うわけではなく、いい意味でドライな部分も残しながら、どこか愛しく尊い空気が漂う、静かに胸に沁みる素晴らしい物語です。
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