映画コラム「今日はさぼって映画をみにいく」
ついに連載200回目を迎えました!
連載100回目から共に道を歩んできたアーティスト写真も心機一転、新しいものへ。
学校にあまり行けなくなっていた学生の頃、映画を観ている時間だけは、自分を辞めて特別な何かになれる気がして、たまに学校を抜け出して映画館にこっそり行っていた思い出からつけた「今日はさぼって映画をみにいく」をイメージして新しい写真を撮って頂きました。
目標は高く、夢は大きく、信念は強く。
1000回を迎えるという野望を秘かに胸に抱きながらこれからも続けて参りますので、これからも宜しくお願い致します!
Vol.200『生きる LIVING』
☆4.2/☆5.0
https://ikiru-living-movie.jp/
1953年。復興途上のロンドン。
公務員のウィリアムズは、いわゆる“お堅い”英国紳士だ。役所の市民課に勤める彼は、部下に煙たがられながら事務処理に追われる毎日。家では孤独を感じ、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。
そんなある日、彼はガンに冒されていることがわかり、医師から余命半年と宣告される。手遅れになる前に充実した人生を手に入れたいと考えたウィリアムズは、仕事を放棄し、海辺のリゾート地で酒を飲んで馬鹿騒ぎするも満たされない。ロンドンへ戻った彼はかつての部下マーガレットと再会し、バイタリティに溢れる彼女と過ごす中で、自分も新しい一歩を踏み出すことを決意する。
黒澤明監督の不朽の名作映画『生きる』を、若かりし頃に黒澤映画に衝撃を受け、映画が持つそのメッセージに影響されて生きてきたと語る、小説『日の名残り』『わたしを離さないで』のノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本により、リメイクしたヒューマンドラマ。
オリヴァー・ハーマナスが監督を務め、主演には本作の名演でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた、ビル・ナイ。他には『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』のエイミー・ルー・ウッド、『シカゴ7裁判』のアレックス・シャープ、『Mank/マンク』のトム・バークらが共演します。
1952年に公開された黒澤明監督の『生きる』は第二次世界大戦で敗戦国となった日本が舞台であるのに対し、本作『生きる LIVING』は戦勝国であり終戦後の復興途上にある、1953年のイギリスが舞台となっています。
高度経済成長の幕開けである時期の日本特有の社会の性質へ風刺を込めたものを扱っていたこともあり、日本とイギリスの国の社会の違いがこの作品にどう影響を与えるかについて気になるところではありますが、そこを踏まえた上での脚色が実に巧妙であり、時代背景の違いはありながらも黒澤版の精神的背景を受け継ぎながら上手くイギリスの話へと昇華させているのです。
また黒澤版は、143分という長尺であったのに対し、本作は102分というコンパクトさに収められ元映画にあったナレーションを無くし、かなりテンポよく進みます。押さえるべきポイントは抜かりなく確実に押さえ、オープニングから画面の色彩と質感も1950年代当時のカラー映画のそれを思わせる作り込みで、黒澤明が残した不朽の名作に敬意と愛を込めて製作されたものであるという気持ちを強く表明するかのように物語は始まります。
決まった時間に起床して朝食をとり、決まった時間に家を出て仕事をし、決まった時間に帰宅して就寝する。決まりきったルーティーンを疑わず日々をただなんとなく生きていた平凡な公務員が、死を目の前にして勇気を出して一度立ち止まり、己の人生を見つめなおして残された日々を全力で生きる。
誰しもに訪れる終わりをただの通過点として迎えるのではなく、挑み続けることでいつだって輝きに変えることができるのであると、本来持っているはずの熱のこもった人間らしさをいつの間にか忘れ、社会の歯車として生きる人々を巧みに風刺しながら、「生きる」ということをシンプルに伝えてくれる静かなる熱い作品です。
黒澤版を観たことのない若い世代がこの映画をどう観るか?斯くあるべきリメイクとして『生きる』が現代に蘇ったのだと、豊かなこころで確信するのです。
※「今日はさぼって映画をみにいく」は毎週火曜日更新予定です。
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