こんにちは、テラシマユウカです。
厚着でもなく薄着でもない、着たい服を好きに着て心地よく過ごせる気温が続く季節、陽が落ちてきたと感じるくらいの時間帯に散歩することがマイブームとなっているこの頃です。
家の近所だけど普段は通らない細道にはいってみたりすると、もう何年も暮らしているのに知らなかった情報に出会えてとっても興味深い時間を過ごすことができています。
線路沿いの道をまっすぐ進めるとこまでずっと歩き続けるのが、自分にとって今いちばん必要な時間かもしれません。
Vol.206『aftersun/アフターサン』
☆4.2/☆5.0
http://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
思春期真っただ中、11歳のソフィは離れて暮らす若き父・カラムとトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。
20年後、カラムと同じ年齢になったソフィはローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出してゆく……。
11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごした夏休みを、その20年後、父と同じ年齢になった彼女の視点で綴る『aftersun/アフターサン』。
2022年カンヌ国際映画祭での上映を皮切りに話題を呼び、A24が北米配給権を獲得。多くのメディアがベストムービーに挙げるなど、勢いはとどまらず、若くして娘を持つ、繊細な父親を演じたポール・メスカルがアカデミー賞主演男優賞のノミネートを果たす。監督・脚本は、瑞々しい感性で長編デビューを飾った、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
クイーン&デヴィッド・ボウイ「アンダー・プレッシャー」、ブラー「テンダー」など、ヒットソングに彩られながら、まばゆさとヒリヒリとした痛みを焼きつける、いつまでも忘れ得ぬ一編がここに誕生しました。
ビデオカメラの起動音と共に始まる物語は、多くを語らず、ミニマリスティックな演出で、観る者に深い余韻をもたらし、誰しもの心の片隅に存在する、大切な人との大切な記憶を揺り起こす。20年前の夏、ソフィが父と訪れた陽光降り注ぐリゾート、きらきら揺れる海、今も残るアフターサンクリームの手触り。もしあの頃、ひとりの人間として内なる父を知ることができたなら…。
11歳の頃に父と過ごしたひと夏の記憶を、父親と同じ年齢になったソフィが、あの頃に撮ったビデオカメラの映像を通して当時の父に想いを馳せる形で物語は進み、誰の心にも在る大切な人との大切な記憶を描きます。
「11歳の頃に想像した31歳ってどんなだった?」
冒頭、11歳のソフィは2日後に31歳を迎える父カラムにそう尋ねます。子どもが何気なく放った一言が、大人にはナイフのように鋭く突き刺さる。リゾートで楽しむソフィと煌めく太陽の眩さと反して時折ふと暗い影を落とし、不安定な感情に苦悩するカラムの心の内の断片が見え隠れします。父と娘のそれぞれの主観視点と、ビデオカメラを通して見える客観的視点の使い分けが重く意味を持つものとなっていました。
作中に繰り返しビデオカメラを巻き戻す音が聞こえることからも、ソフィが何度も映像を巻き戻し、あの時父がどんな感情を抱いていたのか汲み取ろうとしていることが分かります。
あたたかさの中にある悲しみと寂しさ。静かでサブテキストに満ちた作品ですが、鑑賞後じわじわと感情の波が押し寄せてくる。
時間が経つほどにちりばめられた色んなことに気づき、思いを巡らせる感覚はまさに『aftersun/アフターサン』そのものであり、大人になったことで心の奥底に押し込められて忘れ去ってしまった感情を優しく愛で包みながら思い出させてくれるのです。
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